役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「あなたの余罪はこれだけでないはずだ。……紫乃(しの)さんが裏オークションに売られたと言った時、(みぎわ)伯爵や夫人は驚いていたのに、あなただけは動揺していなかった。……ここに、北関東で捕らえた亀吉(かめきち)という男の証言と、質屋に流された紫乃さんの嫁入り道具の証文がある」

 隼人(はやと)は別の書類を封筒から出し、スッとテーブルの上に置く。

「亀吉が……」

 紫乃はその名前を聞き、小さく喘ぐ。

 瞬間、ずぶ濡れの菖蒲(あやめ)は自棄になったのか、けたたましく笑い始めた。

「お前は亀吉に気を許して、あの男だけは自分の味方と思っていたようだけれど、残念ね! あの下男は私の虜なのよ! ちょっとその気にさせて、少し肌に触らせてやったら私にメロメロになったわ。私は亀吉に『東京の裏オークション商人に連絡をとったから、紫乃に薬を盛って眠らせ、売り払いなさい』と命じたわ。『嫁入り道具も売ったお金で私と駆け落ちしましょう』と言ったら、その気になって言う事を聞いたの! あー! おかしい! お前、亀吉に裏切られたと知った瞬間、どんな顔をしたの? その時の顔を見てやりたかった! あっははははははは!!」

 菖蒲は高笑いしてから、ハッと我に返った表情をし、慌てて両手で口元を塞ぐ。

「どういう事!? 私……っ!」

 すると、隼人がニコリと笑った。

「我が家の執事は有能でね。自白剤が必要そうなお客様には、命令しなくても無味無臭のそれを仕込んでくれるんだ」

 容赦のない笑みを向けられ、菖蒲は表情を引きつらせる。

「お……っ、鬼! 悪魔! (みぎわ)家を滅茶苦茶にして、何がしたいのよ!」

「……おや、その鬼と結婚したいと、下品なまでに迫って来たのはどこの誰だったかな?」

「っああぁああああぁっ!! 腹が立つっ!!」

 勢いよく立ちあがった菖蒲は、パンッとティーカップを割ると、自身の手から血が出るのも構わず、鋭利な欠片を握り締めて紫乃に躍りかかった。

「紫乃様っ!」

 時子(ときこ)が悲鳴を上げた時――、

「――茶番はこれぐらいにしたらどうだ」

 ビュウッと一陣の風が吹いたかと思うと、菖蒲の体がダンッと壁に叩きつけられた。

「ぐぅっ……!」

 苦悶の表情を浮かべた菖蒲の影に、手を一線させた(あおい)が氷でできた矢を飛ばし、影を縫い止めた。

「これで動けないでしょう」