役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「……娘の居場所が知れた時は、今すぐにでも迎えに参りとうございました。せやけど、紫乃は別の女を母親やと信じて育ってはった。……そのような状況で、実の母であるわたくしが突然名乗り出たところで、拒絶されるだけやったでしょう。それに、自分の父親が犯した罪を背負わされるやなんて、幼い子には酷すぎます」

 (あおい)はトキをチラリと見て言い、切ない表情で紫乃を見た。

「せやから成人するまでは、あなたを汀家に預けると決めたんです。……わたくしは毎月、己が娘のために汀家へ金を送っておりました。……せやのにそこのろくでなしは、自分の愚かな娘を飾り立てるために、その金を使い込みはった。わたくしの娘の代わりに、ええ着物を着て、ええもん食べて暮らしてはったんやさかい、さぞ豚のように肥え太っておいでやと思うてましたけど……案外、華奢に育ってはったんやね」

 葵に侮蔑の言葉を向けられ、菖蒲(あやめ)はカッとなり怒鳴り返す。

「いきなり現れて、何を言ってるのよ! このクソババア! 私のお父様があなたを襲ったですって? 汀家のお金に目がくらんで、世迷い言を言っている頭のおかしい女じゃないの!?」

 そこまで言った時、ザバァッ! と菖蒲の頭の上から水が降り注いだ。

 同時に、いつの間に移動したのか、トキが菖蒲の喉元に短剣を突きつけている。

「な……っ、な……っ、何なのよ!? トキ!? あなた、自分が何をやっているか分かってるの!? このババア!」

 濡れ鼠になった菖蒲が唾を飛ばして怒鳴った瞬間、トキが手にしていた短剣が一閃し、菖蒲の結い髪がバラッとほどけ、自慢の黒髪が肩の長さまで切られた。

「っいやあああぁあああぁっ!! 何っ!? 何なのっ!?」

 混乱した菖蒲の前で、トキは「はぁ……」と溜め息をつくと、短剣を鞘に収める。

「……ほんま、揃いも揃うて愚かで、救いようのない親子どすなぁ」

 トキはゆったりとした足取りで葵の後ろに立つと、見る見るその姿を変化させていく。

「な……っ!?」

「えぇっ!?」

 (みぎわ)家の全員、紫乃が驚いている中、彼女は老婆の姿から背筋がスッと伸びた三十代前半の美女に変化していた。

 トキが着ていた使用人用の着物も変化し、ボルドーのワンピースに革のブーツ、髪は短く切られてパーマネントが当てられている姿となった。

 皆が呆気にとられている中、トキは口紅を縫った唇をニヤリと歪め、改めて自己紹介した。