役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「大事な娘やのに、ずうっと手放したままで堪忍な」

「……い、……いえ……」

 かろうじてそう返事をした紫乃(しの)は、今まで母だと思っていた寧々(ねね)を見た。

 彼女はきつく唇を引き結び、憎悪と言っていい目で(あおい)を睨んでいる。

「わたくしは十七年前、しつこう言い寄ってきはったあの男に、薬を混ぜた酒を飲まされて、乱暴されました」

 葵が信じられない事を言い、菖蒲(あやめ)が「なんですって!?」と声を上げて非難するように父を見た。

 寧々と龍之介(りゅうのすけ)はその事実を知っていたのか、これといった反応を見せず黙っている。

「その頃、〝異能封じ〟の薬が出回っとりました。あまりに腹立たしゅうて、そのあと関西一帯で薬を売りさばいとった一味は、きっちり壊滅させましたけど」

 怖ろしい事をサラリと言いのけ、葵は続ける。

「その男は、わたくしに一目惚れした言うてはりましたけど、あのろくでなしの狙いは、上水流(かみずる)家との繋がりやったんです。裏伊勢を取り仕切っとる上水流家と縁続きになれば、自分の娘をそこへ送り込んで、美味しい汁を吸える。うまいこといけば爵位も上がって、鬼を討った時の褒賞金も増えるかもしれへん――、そない思うてはったんですやろ?」

 高次(こうじ)は顔を真っ青にして黙り込んでいる。

「合意もないまま身ごもった子でした。せやけど、わたくしはあの子を己が娘として、大切に育てていこうと心に決めました。……それやのに、あんさんというろくでなしは、水流迫(つるざこ)家を強請るために生まれた子を奪い去っただけやなく、存在を隠すために水晶で強い結界を張り、紫乃の存在を隠さはった」

「あ……っ」

 その言葉を聞き、紫乃は声を上げる。

 父がなぜあの水晶を大切にしていたのかは分からず、ただ綺麗な守り水晶だから大事にしていたのだと思い込んでいた。

 しかし、母親のところから盗んできた女児――自分の存在を隠蔽するための、結界の役割を果たしていたとは。

「それまでは娘を一目でも〝視〟たい一心で、あのろくでなしからの金の無心にも応えました。……せやけど九年前に水晶が砕けて、ようやく娘の居場所を知る事ができたんです。わたくしは水の侯爵やけど、上水流家の血を引いておりますさかい、思念を飛ばすこともできます。あのろくでなしはそれを警戒しはって、思念避けの水晶を置いておいでやったんでしょうな。それからというもの、わたくしは毎日のように思念を飛ばして、娘の成長を見守ってまいりました」

 まさか実の母に毎日視られていたとは知らず、紫乃はポカンと口を開く。