役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

『~~~~っ、忘れたいの! お願いします……っ! もう怒られたくない! 私は何も見ていない! 聞いていない! 異能なんて使ってない!』

 父親に怒られた恐怖を想いだした紫乃(しの)は、錯乱状態になってしまった。

 トキはそれを見て涙ぐみ、隼人(はやと)は気の毒になって溜め息をつく。

『……忘れたほうがいい?』

 尋ねられ、紫乃はしゃくり上げながら大きく頷く。

 溜め息をついた隼人は、自分の左腕に嵌まっている翡翠の腕輪をとった。

『これは魔除けとして身につけていたんだけど、君にあげよう。……君をつらい記憶から守ってくれるように、まじないをかけておく』

 隼人は紫乃の細い腕に腕輪を通し、口元で呪文を呟く。

 すると腕輪はキュッと小さくなり、紫乃の腕を締め付けはしないが、外れない絶妙な大きさとなった。

『君が成長すると共に、この腕輪も大きさを少しずつ変える。腕輪が壊れない限り、君は異能を使った過去を思い出さずに済む。……今日の出来事も、私の事もね』

 隼人は再度紫乃をベッドに寝かせ、優しくその頭を撫でた。

『すべて忘れてしまう前に、君の名前を聞かせて』

 その時、紫乃は愚かな嘘をついてしまった。

(こんな出来損ないが、(みぎわ)家の娘だと知られてしまったら困る)

 だから、姉の名前を名乗った。

『……汀菖蒲(あやめ)と言います』

『そう。私は三千風(みちかぜ)隼人。……忘れてしまうと思うけど、君を恩人だと思っている男の名前を覚えておいて』

 優しい声で言ったあと、隼人は何度も丁寧に紫乃の頭を撫でる。

 そうされていると、どんどん心地よく眠たくなってきた。

『いつかまたきっと、私と君は会うだろう。……君がもう少し強くなった時、この記憶を返そう』

 ユラユラとした意識のなか、心地いい青年の声が遠くなっていく。



 そして紫乃は水晶の事件で異能を使った事を忘れ、隼人と出会った事も忘れた。



**



「……隼人……っ、……様……っ」

 現在、紫乃は封じていた記憶を取り戻し、大きな目から涙を零していた。

「君の望みとはいえ、悪かったね」

 そう言われ、紫乃はブンブンと首を横に振る。

 隼人は婚約者を優しい目で見てから、呆気にとられている高次(こうじ)に向き直る。

「あなたは紫乃さんの異能を怖れて『使うな』と恫喝した。大切な水晶を割ったのが、妹に悪意を持った姉だと周囲に知られれば、世間体が悪いと思ったのでしょうか。……それとも、別の理由がありますか?」

「そんなものはないっ!」

 高次が激昂した時、バァンッ! と大きな音を立ててドアが開かれた。