役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 青年と供は落とし物に気づかず去ろうとしていたが、地面の上には金色の指輪が落ちていた。

 彼女は指輪を拾い、おずおずと青年に話しかける。

『……あの、指輪を落としましたよ。――――あ、…………あぁあっ!』

 水晶の事件があって以来、異能を使おうと思った事はなかった。

 なのにその指輪に触れた瞬間、指輪が自分を知ってほしいと言わんばかりに、ドッと紫乃(しの)の心に自身の想いを伝えてきたのだ。

『お嬢様っ!』

 混濁した意識の中、トキが昏倒した自分を抱き起こすのが分かった。

『おい……っ!』

 異変に気づいた青年も顔色を変えて駆けつけ、真っ青になった紫乃がガクガクと震えているのを見て目を剥く。

 そして彼女が父の形見の指輪をきつく握り締めているのを見て、必死にそれを取ろうとした。

 その時――。

『……隼人(はやと)。……心配を掛けてすまない』

 紫乃の唇が動き、初対面の青年の名前を呼ぶ。

 隼人と呼ばれた彼は目を見開き、何が起こっているか分からない表情で少女を見た。

『……私の力が及ばず、お前にはつらい想いをさせた。……桐絵(きりえ)も、こんなに早く逝くつもりはなかったと、これからのお前を憂いている』

『……父上……』

 声は八歳の少女のものだったが、その意志はまごうことなく、夏の大戦で亡くなった父、貴嗣(たかつぐ)のものだった。

 初対面の、ただすれ違っただけの少女が、自分や亡くしたばかりの両親の名前を知っている訳がない。

 隼人は少女が指輪に触れた事で、何らかの異能を発揮したのだと理解した。

 彼女がつらそうにしているのを見るのは忍びないが、死者の言葉を聞けるのはこれが最初で最後だと思い、父の言葉の続きを待った。