役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「お帰りなさいませ、旦那様」

 横長の西洋風の館の前には、使用人がズラリと並んでいる。

 その中央には燕尾服に身を包んだ初老の家令が立ち、うやうやしく隼人(はやと)を迎えた。

燕谷(つばたに)、ただいま。すぐにお風呂の用意を。こちらの女性は(みぎわ)家の菖蒲(あやめ)さん。伯爵令嬢だ。皆、これから彼女を女主人だと思って心から仕えてくれ」

「かしこまりました」

 燕谷と呼ばれた家令は、いきなり現れた怪しい女を疑いもせず、頭を下げるとメイドたちに声を掛けた。

「風呂番にすぐにお風呂の準備をするよう伝えて下さい」

「かしこまりました」

 メイドの一人は一礼をすると、エプロンドレスをひるがえして奥へ去って行く。

「まず、その姿は不自由だと思うから、着替えよう」

 隼人はそう言い、紫乃を抱いたまま玄関ホールを突っ切り、階段を上がっていく。

 玄関ホールは素晴らしく広く、磨き上げられた白黒のタイルの頭上には、クリスタルガラスが輝く大きなシャンデリアが下がっていた。

 正面階段を上がると、中二階の踊り場に大きな絵画が飾られてあるのが見える。

 どうやら三千風(みちかぜ)家の肖像画らしく、少年の頃の隼人と、その両親らしき人物が描かれている。

 絵画の下にはアンティークなデザインのチェストがあり、その上にある花瓶には見事に咲いた秋薔薇が生けられてあった。

「重たくて申し訳ございません……」

 紫乃は消え入りそうな声で謝り、できるだけ彼の迷惑にならないよう、体をキュッと縮めた。

「私はこう見えてもしっかり鍛えているから、心配しなくていいよ」

 隼人はクスクス笑い、やがて三階にある一室の前で立ち止まった。

 その時フワッと小さな白虎(びゃっこ)が現れ、前足でトンとドアノブに触れると、ドアが音もなく内側に開いた。

「……使役獣(しえきじゅう)?」

 紫乃が目を瞬かせると、隼人は彼女を絨毯の上に下ろし、「ご名答」と笑った。