役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 その年の夏、東京で大きな大戦があったそうだ。

 滅多に出ないという(はち)の鬼が現れ、都会を蹂躙した。

 大勢の死者を出した捌の鬼は、異能を持つ軍人や有志の者たちによって、一週間暴れ回ったあとにようやく封印された。

 けれど紫乃(しの)にとっては遠い土地での出来事なので、ただ『大変だな』と思って終わった。

 それよりも毎日如何に傷付かずに済むか、必死に考えるほうが重要だったからだ。





 十一月、伊勢神宮では例大祭が行われる。

 例大祭とは神に感謝を捧げ、五穀豊穣や崇敬者や氏子の繁栄が祈願される祭りだが、鬼によって亡くなった人の魂を鎮魂する意味もある。

 その年の例大祭では、東京で起こった大災害のために大がかりな鎮魂祭が行われる事になっていて、それを見るために大勢の参拝客が伊勢の地を訪れていた。

 鎮魂祭の神楽では正式な巫女も勿論舞うが、華族の令嬢は他の者より異能の力が大きく霊力もあるので、参加が認められていた。

 紫乃も幼い頃から神楽の練習をしていて、伊勢神宮での例大祭でも他の巫女たちと共に神楽を舞った。

 役目を終えたあと、菖蒲(あやめ)は両親や兄と一緒にお祭りを見て回っていたが、水晶の一件があったあと、家族と紫乃の間には深い溝ができていた。

 一緒にいるだけでも気まずいのに、一緒にお祭りなど見ていられない。

 だからトキに付き合ってもらって、ブラブラしながら屋敷に戻る事にした。

 まだ紅葉が始まる前だが、周囲の森の木の葉は少しずつ変化している。

 中には一足先に色づいているものもあって、紫乃はそれを見つけては『あわてんぼうさん』とトキと笑い合っていた。

 やがて、前方からスラリとした青年が供を連れて歩いてくるのが見えた。

 濃紺の単色の着物に黒に近い灰色の羽織を着た青年は、周囲の空気すら暗くするような雰囲気を纏いながら、ゆっくりと歩いていた。

 彼は周りの景色を楽しむでもなく、祭りが行われている様子に心を躍らせるでもなく、たった今家族でも亡くしたかのような沈痛な面持ちをしている。

 子供心に青年の纏っている変化を感じられたのは、紫乃が普段家族の顔色を窺って生活しているからかもしれない。

 彼を刺激しないように口を噤み、大人しくすれ違おうとした時――。

 青年の手元からポトンと何かが落ちた。

 ――拾って。

『えっ』

 声が聞こえたような気がした紫乃は、思わず振り向く。