役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

『ちが……っ、違います! 私じゃありません!』

『じゃあ、誰だと言うんだ!? 菖蒲(あやめ)はお前が割ったのを見たと言っていた!』

『お姉様が割りました! 私、水晶の記憶が視えたんです! お姉様は書斎に入って、私がお花のお稽古で褒められた事に腹を立てて、〝お父様に怒られればいい〟と言って水晶を割りました! 視えたんです!』

 紫乃(しの)がそう言った瞬間、全員がハッとして菖蒲を見た。

 彼女もまさか真実を言い当てられるとは思わず、真っ青になってうろたえている。

『ち……っ、ちが……っ。私……っ、ただ、腹が立っただけで……っ』

 誤魔化しきれなかったのは、当時の菖蒲がまだ九歳で幼かったからというのもあるだろう。

 今ほどの図太さがあったら、『私はやっていない、紫乃が嘘をついている』と言い張ったに違いない。

『菖蒲……っ』

 すぐに菖蒲が犯人だと理解した高次(こうじ)は、一旦紫乃を下ろしたあとに荒々しい溜め息をつく。

『菖蒲は向こうへ行っていなさい。あとで説教だ』

『……はい……』

 項垂れた菖蒲が返事をしたあと、母が神経質な表情で言う。

『紫乃のその力……』

『分かっている』

 父は眉間に皺を寄せて頷き、母が菖蒲を伴って去っていったあと、紫乃に向き直った。

『お前のこの力は、周りの人を不幸にする、使ってはいけない力だ! お前が視た真実は、大切な姉を傷つけたじゃないか! いくら本当の事でも、言ってはいけない事があるんだ! お前は勝手に人の心を読んだ盗人だ! 二度とこんな事をするんじゃない!』

 本当の事を伝えただけなのに、父に怒鳴られた紫乃は大きなショックを受けた。

(全部、本当の事なのに……。お姉様が嘘をつくために水晶を割ったのに……。どうして信じてくれないの? どうしてこの力を使ったら駄目なの? 本当の事なのに……)

 八歳の少女の前で、〝真実〟の正しさがグニャリと形を歪める。

『この家が逼迫しているのも、お前のせいだ! すべてお前がいるから悪いんだ!』

 父親に激しい憎悪をぶつけられ、混乱した紫乃は助けを求めるように兄を見る。

 だが彼はいつも通り、自分に興味を抱かない表情で眺めたのち、スッと部屋を出て行った。

 トキは涙を流し、無力な己を責めていた。

 あまりの悲しみに表情を失った紫乃は、大きな目から涙を流しながらコクンと頷いた。

『……全部、私が悪いです。……ごめんなさい』

 八歳の子供にそんな事を言わせ、さすがにやり過ぎたと自覚したのか、父は『チッ』と舌打ちをしたあと、吐き捨てるように言う。

『異能は二度と使うんじゃない』

 言ったあと、父はまたドスドスと音を立てて歩いて行った。



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