役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 妙な景色が見える。

 ガラス一枚隔てたような視界いっぱいに、この書斎が映っている。

 視点は机の上にあり、紫乃(しの)はどうやら水晶の視点になっているようだ。

 すると、障子をそっと開けて中に入ってきた人影が見える。

 ――菖蒲(あやめ)だ。

 彼女は鼻歌を歌いながら水晶を持ち上げ、【綺麗~】と機嫌良さそうに角度を変えていた。

 が、菖蒲はスッと真顔になると、【紫乃が悪いんだからね。紫乃のくせに私より褒められるから】と低い声で言ったあと、水晶を床の上に叩きつけた。

【お父様に怒られればいいのよ】

 菖蒲は呟いたあと、サッと書斎を出て行った。

 割れた水晶は部屋の中を乱反射し、縁側に続く雪見障子の奥、庭木の影に菖蒲が隠れているのを映した。

 そこに遅れて、自分――紫乃が書斎を覗き込む姿が見えた。





『お嬢様……っ、お嬢様!』

(トキの声がする……)

 ボーッとした紫乃は目を開け、自分が書斎の中で仰向けに倒れているのに気づいた。

 なぜか頭がガンガンと痛み、体が非常に怠い。

 さっきこの部屋に入ったばかりなのに、周りは随分と暗くなっていた。

『私……、どうしたんだっけ……』

 呟いた紫乃がゆっくりと起き上がった時――。

 ドスドスと重たい足音が聞こえ、バンッと障子が開かれた。

『お前が私の水晶を割ったのか!』

 現れたのは父で、彼は鬼のように恐い顔をして、紫乃を掴み上げた。

 その後ろには母と兄もいて、菖蒲はどこか楽しそうな顔をして妹が責められている様子を眺めていた。