役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 八歳の時、夕方に家の中でガシャンッと音がし、紫乃(しの)は何が割れたのか確認するために見回りを始めた。

 その時間帯に両親はおらず、父と母はお勤め、兄は学校へ行き、紫乃と菖蒲(あやめ)は女学校の予科に通っていたが、お花のお稽古を受けたあと、夕方には帰宅していた。

 その日はとても嬉しい事があり、お花の師範に『とても素晴らしいです』と褒めてもらえた。

 いつも菖蒲のほうが上手に花を生けているので、優秀な姉が自慢してくれるのではないかと思い、天にも昇る心地になっていた。

 だから紫乃は夕餉までの時間、鼻歌を歌いながら、庭で木の棒を使って砂地に花の絵を描いて遊んでいた。

 ヒグラシが鳴く季節、紫乃は額に浮かんだ汗を拭い、トタトタと屋敷の中を歩き回る。

『どこですかー? 何が割れましたかー?』

 聞こえてきたのは台所のある方向からではなく、家の奥からだった。

(猫でも迷い込んだのかしら?)

 そう思いながら屋敷の中を歩いていると、入ってはいけないと言われている父の書斎の障子が少し開いているのに気づいた。

 中を覗いてみると、床の上にキラキラした物が散らばっている。

(何だろう……)

 ちょっとだけならと思って、忍び足で書斎に入ると、床の上に透明な欠片が沢山散らばっていた。

(お父様の〝大事〟だ)

 いつだったか父が書斎にいる時に部屋に入ると、『これは大切な物だから触るんじゃないぞ』と言われた、水晶の置物があったのを思い出した。

 それは何の形とも言いようがない、うねるような不思議な形の水晶だった。

『割れちゃってる……』

 呟いた紫乃は、婆やのトキに判断を仰ごうとし、その場をあとにした。





『まあまあ……、割れてしまっていますねぇ……』

 トキは書斎を覗き込むなり溜め息をつき、困ったように眉を寄せる。

 今でも彼女は年齢不詳だが、その当時からトキは〝お婆ちゃん〟だった。

『どうしよう。何が割れたのか探しにきたら、もうこうなっていたの』

『どうしましょうねぇ……。どれ、危ないから拾っておきましょうか』

 トキが屈んだ時、紫乃は『私も手伝う』と言って水晶の欠片に手を伸ばした。

 その瞬間――。

『あ……っ!』