役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「その時、紫乃(しの)さんに一生かけても返せないほどの恩を感じました。当時の彼女はまだ八歳で、私も十八歳でしたから、その時から『結婚したい』など思えませんでした。ただ、紫乃さんを一方的に恩人だと思い、常に気に掛けるようになってきたのです」

 未知の情報に呆然としていると、菖蒲(あやめ)がギロリと睨んでくる。

「……あんた、どこで隼人(はやと)様をたらし込んだのよ。ガキのくせにいやらしい」

「そんな……っ、私は本当に何も知らなくて……」

 隼人はうろたえる紫乃の目の前に手をかざし、菖蒲の視線を遮る。

「少なくとも、その時に菖蒲さんに会っていたとしても、雨を降らせる異能を持つあなたには何もできず、何も始まらなかった。それだけは言えます」

「へぇ!? 紫乃のなーんの役にも立たない、ゴミみたいな異能が役に立ったんですか!? その子、雀や狸と話すぐらいしか芸がないでしょう! 気持ち悪い! 本当に地味で何の役にも立たなくて、ゴミみたいな異能よね!」

 姉に侮辱され、紫乃は俯くとキュッと唇を引き結んだ。

 壁際に立った(かずら)は唇が白くなるまで口に力を込め、握った拳を震わせる。

 それを、隣に立った燕谷(つばたに)がそっと制した。

「菖蒲さんは、紫乃さんの異能を、動物と話す程度のものとしか認識していないのですね。……彼女の異能の可能性を怖れた(みぎわ)伯爵は、使う事を禁じたぐらいだというのに」

「何ですって?」

 菖蒲は目を見開き、両親を見る。

 高次(こうじ)寧々(ねね)は気まずそうに視線を伏せて黙秘しようとしていたが、隼人がすべてをつまびらかにする。

「紫乃さんが八歳の時、汀家で家宝としていた守りの水晶が割れた」

 汀家の者しか知らない事件を話題にされ、紫乃はハッと息を呑む。

「当時の紫乃さんは、自分の異能の使い方をよく分かっていなかった。目に見えて分かる力ではなかったから、何でも試してみるしか方法がなかった。動物に触れたら言葉が分かったから、そういう異能なのだと思おうとしたが、時には物のほうから彼女に語りかける場合もある」

 隼人の言葉を聞き〝なかった事〟にしていた記憶が、ゆっくりと蘇ろうとしていた。

「紫乃さん、私もずっと君を騙していた。……本当にすまないね。今、君の記憶を返すよ」

 隼人はそう言うと、彼女の左腕に嵌まっている翡翠の腕輪に手をかざした。

 すると、何をしても外れなかった腕輪に亀裂が入り、ボロッと崩れて空中に溶けていった。

「あぁ……っ」

 その瞬間、凄まじい記憶の本流が紫乃を襲い、彼女は長い時を経て隠していた真実を思いだした。



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