役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 大階段を上がった突き当たりには、燦々と日差しが差し込む背の高い窓があり、その下には三千風(みちかぜ)家のものと思われる肖像画が飾られてあった。

 そこから左右に伸びる階段の右手に向かい、二階の一室に通される。

「旦那様、(みぎわ)様をお連れしました」

 家令が告げると、中に控えていた使用人がドアを開けた。

(どうせ、大した事のない男だわ)

 菖蒲(あやめ)は自分に言い聞かせ、グッと拳を握る。

 彼女の人生において、上水流貴人(かみずるたかと)以上の男はいなかったし、あの家以上に高貴な家はなかった。

 しかし――。

「ようこそ、遠路はるばるいらっしゃいました」

 精緻な模様が描かれた絨毯の上、天鵞絨(ビロード)のソファセットが置かれている。

 窓から差し込む光を後ろに微笑んだのは、見た事もない美しい男性だった。

「あ……」

 軍服に身を包んだ彼はスラリと背が高く、薄茶色の髪に赤茶色の目、少し彫りの深い顔立ちは日本人離れした美を醸し出している。

 声は低く艶やかで、キリリとした顔立ちは男らしい雰囲気があるものの、長い睫毛や通った鼻筋、紅を差したように赤みのある薄めの唇は、美しい以外の何者でもない。

(……こんなに美しい方がいるなんて……)

 ポーッと見とれていた時、聞きたくない声が耳を打った。

「ご無沙汰しております、お父様、お母様、お兄様、…………し、紫乃(しの)(あきら)

 ハッとして彼の隣を見ると、知らない美女がいる。

 いや、知っているが、こうなっているはずがない女がいた。

 艶やかな黒髪に簪を挿し、見事な紅葉柄の振り袖に身を包んでいるのは――、紫乃だ。

(紫乃がこんなに美しいはずがない!)

 彼女の姿を見た瞬間、とっさに菖蒲は心の中で否定していた。

 あんなにガリガリに痩せて顔色が悪く、髪の艶もなかった妹は、陶器のように白く艶やかな肌に、ふっくらとした頬、菖蒲以上の艶がある黒髪を持つ美少女に変化していた。

(信じられない……、認めたくない……)

 あまりの怒りに頭の中が真っ白になった菖蒲は、ツカツカと紫乃に歩み寄ると、鬼女のように顔を歪めて手を振り上げた。

「この……っ! 泥棒猫!」