役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 どれだけ嫌みを言っても堪えていないかのように動揺せず、『申し訳ございませんでした』と謝りながらも、彼女の背筋はシャンと伸びていた。

 見つめていると心の底まで読まれてしまいそうな榛色(はしばみいろ)の目は異様な透明感があって、紫乃(しの)と会話しているだけで落ち着かない気持ちになった。

 あの目を見なくなってせいせいしたと思っていたし、東京で妹が姿をくらましたと知った時は『ざまみろ』と思った。

 彼女に情など持っていなかったし、『大都会のどこかで泥水を(すす)って生きていればいい』と思ったほどだ。

 なのに――。

「どうしてこんなに立派な家に、紫乃が嫁いだの!?」

 声を張り上げた菖蒲(あやめ)を、紋付きの黒留袖を着た寧々(ねね)が窘める。

「あまり〝紫乃〟と言うんじゃありません。あの子は〝菖蒲〟として三千風(みちかぜ)家に嫁いだのです。身代わりを差しだしたと知られれば、どんな目に遭うか……」

「だって……っ!」

 何か言おうとした菖蒲に、母は溜め息混じりに言った。

「それに三千風家との縁談に興味を示さなかったのは、あなたでしょう?」

「そうだけど……」

 そんな会話をしていると、六十代の家令と三十代後半の執事、メイドたちが姿を現した。

「いらっしゃいませ、(みぎわ)様」

 使用人たちは声を揃えて一家を迎え、家令がにこやかに話しかけてくる。

「お荷物は貴賓館のほうにお運びいたします。旦那様が待っておりますので、どうぞお上がりください」

 彼がそう言うと両開きの扉が開き、見るも壮麗な玄関ホールが五人を迎えた。

「お母様、すごーい!」

 八歳の弟が無邪気に喜び、その声すら腹が立つ。

(紫乃はこんな屋敷に住んでいるというの!? 許せない!)

 メイドたちがにこやかに「いらっしゃいませ」と挨拶してくるが、菖蒲はそれらを完全無視し、値踏みするように邸内を見回した。

「旦那様はこちらでお待ちです」

 家令が先導し、五人はそのあとをついていく。