役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 そして来る十月の大安吉日前、志摩から(みぎわ)家が到着した。

「……何なの、このお屋敷は……!」

 馬車から降りるなり、紺地に竜胆柄の振り袖を着た菖蒲(あやめ)は声を上げる。

 三千風(みちかぜ)家の事を知らなかった訳ではない。

 若き侯爵であり、白虎を使役する陸軍中佐だとも教えられた。

 しかし当時の菖蒲の頭の中は、将来を誓い合った上水流貴人(ルかみずるたかと)の事で一杯だったのだ。

 西方の青龍を使役する侯爵家が水流迫(つるざこ)家で、その当主、(あおい)の弟が上水流家の当主として、伊勢神宮で宮司を務めている。

 菖蒲は裏伊勢で勤めたいという野心があり、宮司である上水流に嫁ぐ事ができれば理想通りの人生を歩めると思っていた。

 確かに三千風家と比べれば、上水流家は格下になるかもしれない。

 しかし菖蒲は伊勢志摩の土地を愛し、地元を守る大巫女となる事を夢見ていたのだ。

 四聖獣の力を持つ侯爵たちとは異なり、神社庁はまた別の権力を持つ。

 軍とも密接な関係を持つ侯爵たちが大日本帝国の骨組みならば、神社庁はその精神だ。

 各地にある神社が張る結界があるから、人々は平和に暮らせているし、そこに勤める神職はこの上なく尊い存在だ。

 だから三千風家がどれだけ凄い家であろうが、東京にある限り魅力は半減したし、興味を持てなかった。

 彼女が東京に持つ印象は、『天子様がお移りになって、急に栄えだした歴史の浅い土地』で、歴史ある志摩に住まう自分が、そのような場所に行くなど考えられなかった。

 それに貴人と妻の間に子供ができないという噂ができたら、すぐにでも自分が彼の子を産みたいと思うほど、まだまだ彼に未練を持っていた。

 妹が東京に向かったあとは、おどおどしていて見ているだけでも腹が立つ存在がいなくなり、胸がスッとした。

 自分より器量が悪く、発育不良で貧しい身なりをしているくせに、たまに紫乃(しの)は驚くほどの才能を発揮する事があった。

『こんな子が私より優秀なはずがない』

 女学校に行けば様々な家の令嬢がいて、切磋琢磨といえば聞こえがいいが、彼女たちに負けないように食らいついていくのが必死だった。

『私こそが上水流家に嫁いで、名誉ある大巫女になる!』

 だから、高い志を持って物事に励んでいる自分が、あんな妹に負ける事などあってはならなかった。