役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 馬車が止まり、御者がドアを開くと秋の風が頬をかする。

「ようこそ、三千風(みちかぜ)家へ」

 隼人(はやと)はそう言うと、豹の仮面をシートに置きっぱなしにして馬車から降り、紫乃(しの)に向かって手を差しだした。

「私の手に掴まって、ゆっくり降りなさい」

 花魁の衣装は重たい。

 今の重さにして三キロはある高下駄を履いていないにしても、沢山の(かんざし)や櫛をつけた髪、打掛や俎板(まないた)帯を合わせると四十キロ近くにもなる。

 紫乃はゆっくり立ち上がり、足をステップに乗せて慎重に馬車から降りようとする。

 その瞬間、衣装の重さに負けて体が前のめりになった。

「あっ!」

 ――落ちる!

 ヒュッと腹の底が冷たくなり、地面に激突する覚悟をしたが――。

「…………え?」

 目を開くと、隼人がしっかりと彼女を支えている。

「大丈夫かい?」

 外灯の光を浴びた彼の美貌を目の当たりにし、紫乃は息を呑む。

 馬車の中は薄暗くてよく分からなかったが、明るいところで見ると隼人はとても端整な顔立ちをしている。

 薄茶色の髪と、飴玉のような赤茶色の目。

 肌の色は男性にしては薄く、スッと通った鼻筋の下にある唇は形が良く、血色もいい。

 長い睫毛が頬に影を落とし、少し悪戯っぽく微笑んだ口元にはえくぼができている。

 目をまん丸に見開いた紫乃は、ポーッとして隼人に見入ってしまう。

「怪我はしていない?」

 再度声を掛けられ、紫乃はハッとして両手に力を込めて彼を押し返した。

「す、すみません。大変な無礼を……」

「構わないよ。君の夫になるんだし、もっとじっくり見てみるかい?」

 からかわれ、紫乃は赤面すると「結構です」とむくれる。

 隼人は快活に笑ったあと、紫乃を抱いたまま歩き始めた。

「君は裸足だし、このまま地面を歩く訳にいかないね」

 が、慌てたのは紫乃だ。

「おっ、重たいですから! どうか下ろしてください!」

 花魁の衣装の重量に加え、自分の体重と、足枷と鎖の重さも加わっている。

 隼人は軍人として体を鍛えているかもしれないが、うっかり彼が腰痛にでもなったら寝覚めが悪い。

 その時、男性の声がした。