役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 敵に注意を払いながらも日々を過ごし、紫乃(しの)は結婚式の準備を整えていった。

 桐絵(きりえ)が着たという白無垢は地模様として鶴や七宝文様が描かれ、美しい光沢のある非常に素晴らしいものだった。

 帯や掛下(かけした)筥迫(はこせこ)末広(すえひろ)懐剣(かいけん)なども丁寧に保管され、十月頭のある晩、一旦試しに着付けをされてみたが、問題なく着られた。

「本当にお綺麗……」

菖蒲(あやめ)様は色白なのに、唇や頬は紅を差したみたいに赤みがあって、お化粧をしなくてもお美しいのよね……」

「黒髪は艶やかだし、白無垢との対比が本当に美しいわ……」

 メイドたちに口々に讃美され、紫乃は真っ赤になって照れる。

「そんな……。桐絵様のお着物が素晴らしいだけです」

「謙遜なさらないで。菖蒲さまは本当に身も心もお美しい方なんですから」

 三琴(みこと)に窘められ、とうとう紫乃は何も言えなくなって俯いてしまう。

「しかし、本当にお美しいですね。これはぜひとも旦那様にも紋付き袴を着ていただいて、写真館で歴史的瞬間を保存しなければいけません」

 音更(おとふけ)までそう言い、メイドたちは「賛成!」とキャアッと華やいだ声を上げた。

 その時――。

「失礼、菖蒲さんはいるかい?」

 トントンとドアがノックされ、隼人(はやと)が顔を覗かせた。

 彼は室内を見るなり、白無垢を纏った紫乃を見て硬直し、みるみる真っ赤になっていく。

「…………し、…………失礼…………」

 そして、それだけ言ってドアを閉めてしまった。

 直後、蹴躓いたのかドガタンッ! と凄まじい音が立ち、紫乃は驚きのあまり目を見開いて、慌てて廊下に向かおうとする。

「まあまあまあまあまあまあ……」

 それを留めたのは花鈴(かりん)だ。

「旦那様なら転けたぐらいで、どうともなりません。今はお姿を見ないほうが旦那様のためだと思いますよ」

「そうそう。これが武士の情け」

 和鼓(わこ)が頷き、「誰が武士よ」と三琴が笑う。

「旦那様は口には出していらっしゃらないと思いますが、もうすでに菖蒲様にベタ惚れですよ。ご安心なさって結婚式を挙げてください」

 音更に言われ、紫乃は羞恥と多少の罪悪感を抱きながら「はい」と頷いた。