役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「それから菖蒲(あやめ)さん、色々あって時間が空いてしまったが、君が(みぎわ)家の使用人と共に泊まったという宿について報告だ」

 話題を変えられ、紫乃(しの)は「はい」と返事をして背筋を伸ばす。

「結論から言えば、誰もいなかったし何もなかった。宿の主人は買収されたのか誤魔化そうとしたが、三千風(みちかぜ)家の名前を出すと宿帳を差し出し、確認したところ、確かに君たちが泊まっていたのが分かった。……しかし、持参金や嫁入り道具などはどこにもなく、使用人たちも君が売人たちの手に渡ったあと、すぐに宿を引き払ったそうだ」

 聞かされたくなかった事実を突きつけられ、紫乃は硬く唇を引き結ぶ。

「この件についても、私は汀家に問い合わせをしなければならない。持参金や嫁入り道具がないと、せこい事で怒っているんじゃない。私は君が汀家で大切に扱われていない事に、怒りを覚えている」

「~~~~っ、はい……っ」

 自分などのために、こんなに素晴らしい人が怒ってくれている。

 紫乃はそれだけで十分だと思えた。

 たとえ自分が偽物の花嫁だと知られて、彼の元を去らなければならなくなっても、ほんの一瞬だけでも、自分が価値のある存在だと思わせてもらえただけで満足だ。

 ――お別れの時がきたら、どれだけ罵られても、心からの感謝を伝えてから去ろう。

 これまでは「知られてしまったらどうしよう」と不安で一杯だったが、今はもう、三千風家の人々に十分すぎるものをもらっている。

(このお屋敷の人々には、強さをもらえた。それは、何者にも代えがたい財産だわ)

 紫乃は自分に言い聞かせ、小さく笑った。

 それを、隼人(はやと)は勘違いしたようだった。

「菖蒲さん、私に大切にされて喜ぶのはいいけど、使用人にまで馬鹿にされて笑っては駄目だよ?」

「……はい」

 窘められ、笑ってはいけないと言われているのに、紫乃はまた笑みを漏らしてしまう。

「まったく……。君といると、なぜかほのぼのとしてしまうね」

 隼人まで笑い、燕谷(つばたに)(かずら)まで微笑んでいる。

「それはさておき、持参金はあってもなくても問題ないし、花嫁衣装については、君さえ抵抗がなければ母の物を使ってはどうだろうか? 生前、母は私に嫁入りする女性ができたなら、その人に代々受け継がれた立派な着物や簪を譲りたいと言っていた。……もう母と話す事はできないが、その遺志を継いではくれないだろうか? きっと母も、君が着てくれるなら喜ぶと思う」

「身に余る光栄です」

 ペコリと頭を下げて微笑むと、隼人は「良かった」と破顔し、燕谷たちに母、桐絵(きりえ)の花嫁衣装に不備がないか、紫乃が着るために直す箇所はないか確認させるよう命じた。



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