役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「特に目は悪くないのです。ですが、己を戒めるために眼鏡を掛け、いかめしいメイド長としての自分を作り、演じている部分はあります」

 音更(おとふけ)は紅茶を一口飲み、息を吐いてから言った。

「わたくしも鬼によって両親を喪った遺児なのですが、幼い弟妹を守って都会で生きていかなくてはなりませんでした。最初は盗みを働いたりして生きていたのですが、胴元になるヤクザ者に目を付けられたあと、体を売るか……という話になり。逃げていた時に先代の奥様が助けてくださいました」

 その話は四人のメイドも知っているのか、特に驚かず聞いている。

「それ以来、わたくしは美しくもしなやかな強さのある奥様に憧れ、自分もそのようになりたいと思って精進して参りました。……ですが十七歳のある日、お給金で買った舶来品のワンピースに身を包んで出かけておりましたら、男たちに囲まれてしまいました。……当時のわたくしは子供の頃と比べればかなり強くなった自負がありましたが、多勢に無勢となり、あわや犯されてしまいそうになったのです」

 音更はつらい思い出を淡々と語っていく。

「それを助けてくださったのが、先代の旦那様でした。わたくしは傷物にならずに済みましたが、いっそう自分への戒めを強め、女である事など忘れ、三千風(みちかぜ)家の使用人として生きる人生を決めたのです」

 言い切った彼女の表情は清々しい決意に満ちていて、同年代の女性への劣等感や羞恥などはいっさい感じられない。

 背筋を伸ばして言い切ったその姿こそが、音更叶恵(かなえ)という女性の人生を表していると感じた。

「女性らしく生き、結婚したいと思う方はそれでいいと思っています。ただ、わたくしは結婚して家庭を持つより、使用人となる人生を選びました。その生き方に性別はさして重要ではなく、髪の長い女性が少しでも〝女らしい〟と思われるなら、髪を纏めて眼鏡をかけて顔立ちをごまかしたほうが、何かとやりやすいと感じた。……それまでです」

 その時、小笛(こふえ)が悪戯っぽく笑った。

「叶恵さんの〝わたくし〟って一人称も、先代の奥様の真似なのですよ」

「素敵な方だったのですね」

 微笑むと、音更は嬉しそうに笑い「はい」と頷いた。



 そのあと、彼女たちに先代の侯爵夫婦の話を聞きながら、カステラやお茶をいただいた。



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