役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「……いいえ。とても誉高い事だと思います」

「きっと、すべてうまくいく。君がご家族と不仲だとしても、これからは三千風(みちかぜ)家で生きていくのだから、もう気にする事はない」

「……ありがとうございます」

 隼人(はやと)は静かに深呼吸し、遠い過去を思い出すように言った。

「私はね、こう見えて一途な男なんだ。……だから、君の事は何よりも大切にする」

「…………この上ない、……ありがたい事でございます」

 彼の想いは〝菖蒲(あやめ)〟へ向けられたものだ。

 ――私は一生、この人たちを騙して生きていかなければならない。

 紫乃(しの)が心の中で涙を流した時、隼人は彼女の手をポンポンと叩いた。

「こうやって女性と二人きりで話すのも、自分の考えを打ち明けるのも、本当は得意ではない。でも、君は妻になる女性だから、なるべく素直に接しようと思っている」

 彼が誠実に向き合ってくれるほど、紫乃の中の罪悪感が増していく。

「……だから君も、もう少し肩の荷を下ろして、我々に正直に接してくれてもいいよ」

「…………はい」

 ――ごめんなさい。

 心の中で謝った時、スッと涙がこぼれ落ちた。

 その時、フワッとハクトが宙に現れたかと思うと、紫乃の布団の中にモソモソと潜り込んでくる。

「……ハクト」

 身じろぎして美しい毛並みを撫でると、小さな白虎は「ミャア」と鳴く。

「おや、一番に君を抱き締めて寝る男は私だと思っていたのに、ハクトに横取りされたな」

 隼人は手を放しクスクスとおかしそうに笑う。

「……おやすみ、菖蒲さん。……今夜はもう何も起こらないと誓うから、安心して寝て」

「はい、おやすみなさい」

 返事をしたあと、紫乃は目を閉じ、なるべく気持ちを落ち着かせて寝ようと試みた。

 側に男性がいる状況で寝るのは初めてだし、緊張して心臓がドキドキと鳴り騒ぐままだ。

 けれど彼が言ったように、心がとても穏やかで「守られている」と感じているのも事実だ。

 皆に嘘をつき続けている事など問題は沢山あるが、隼人が望んでくれている限り、ここにいたいと望んでしまう自分がいる。

(……けれど、私が紫乃だと分かってしまったら……、すべて失うのかしら)

 (みぎわ)家での蔑まれた生活を思い出し、寒い部屋で薄い布団にくるまり、ガタガタと震えて寝たあの日々。

 ――戻りたくない。

 そう願ってしまう自分は、贅沢に慣れてしまった。

 必要とされる事、求められる事、誰かを助けたいと思って異能を使っても怒られない事、温かな食事を口にし、柔らかな寝床で眠る事。

 一度贅沢を知ってしまえば、なかなか戻れない。

(……こんな浅ましい自分が嫌になる)

 また、静かに涙を流した時、ハクトがペロペロと紫乃の頬を舐めた。

「……ありがとう……」

 隼人に聞こえないよう、小さく囁くと、白虎は無言で頭をすり寄せてきた。

 そのあと、紫乃はなるべく余計な事を考えないようにして、眠るよう努力した。



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