役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「今頃、結界師の皆さんが丁寧に結界を張り直しています。今夜はご安心してお眠りください」

「こうしてお屋敷やお庭が損壊しても、地の異能を持つ方々が一晩かけて元に戻してしまうのですよ。きっと明日外を見たら驚かれますから、お楽しみに」

「そうなのですね」

 驚いて目を見開くと、和鼓(わこ)が得意げに言う。

「軍には復興課の方がいて、その方々は鬼が暴れて街の一部が破損したら、修復するお仕事を担っているのです。燕谷(つばたに)さんは攻撃もできる地の異能を持ちつつも、素晴らしい修復の力をお持ちなのです」

「なるほど……」

 そんな話をしながら、メイドたちは柔らかな海綿で紫乃(しの)の体を洗い、髪も丁寧に洗って風の異能で乾かし、最後にいい匂いのする香水をシュッと一噴き掛ける。

 先ほどの寝室に行くと、隼人(はやと)は風呂を終えたあとに所用を済ませているのか、まだ戻っていなかった。

 メイドたちはいい笑みを浮かべ、丁寧にお辞儀をする。

「どうぞ、旦那様に守られて、良い夜をお過ごしください」

「あっ、……そ、そんな、あの……っ」

 紫乃がアワアワと何か言おうとした前に、障子は静かに閉じられてしまった。

 一人で寝室に残された彼女は、高鳴る胸を押さえて部屋の隅に正座する。

 この屋敷に来てから贅沢な事ばかりで、自分の〝使ってはいけない地味な異能〟についても、予想外の展開が起きて混乱している。

(……この事をお父様が知ったら、激怒されるかしら)

 隼人が言ったように、自分はもう三千風(みちかぜ)家の者となり、血は繋がっていても親の言う事に怯える必要はない。

 嫁ぐ年齢になったのだし、子供ではないのだから、いつまで経っても「親がこう言っていたから」という考えに囚われる訳にいかない。

 けれど長年使用人と同じ扱いで生きてきたため、紫乃の自尊心や自己肯定感は、ちょっとやそっとでは常人と並ぶまで回復できない。

 今回はたまたま役に立てただけで、あとはいつも通りの〝役立たずの紫乃〟として生きていくかもしれない。

(……隼人様から、……このお屋敷の皆さんから捨てられる日が来るかと思うと、怖い)

 紫乃は太腿の上でギュッと拳を握り、息を殺してその恐怖に耐えていた。

 やがて遠くから足音が聞こえ、部屋の前まで接近すると、スラリと障子が開く。