役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 隼人(はやと)が向かったのは、同じ建物の奥にある部屋だった。

「ハクト、障子を開けて」

 彼に言われてハクトが力を使い、スッと障子が音もなく開く。

 そこは隼人の寝室らしいのだが、ぴったり並んだ布団が二組敷かれており、それを見た紫乃(しの)は上ずった声を漏らした。

「ん……っ」

 今まで――、と言ってもまだこの屋敷に来たばかりだが、洋館の客間で生活していたので、いきなり違った対応をされると戸惑ってしまう。

「しばらく、安全のために私と一緒に寝てもらうよ」

 隼人は紫乃を布団の上に降ろし、自分は後ろを向いて軍服を脱ぎ始める。

「で……っ、ですが……っ、まだ夫婦になっておりませんし……っ」

 真っ赤になって動揺すると、シャツの間から胸板を覗かせた隼人が振り向き、妖艶に笑う。

「何かされると思っている?」

「いっ、いいえ……っ」

 男性なのに異様なまでの色香を放つ彼を直視できず、紫乃は隼人に背を向ける。

 しばらく、衣擦れの音が聞こえ、生きた心地がしない紫乃はドキドキと胸を高鳴らせる。

 やがてキュッと帯を縛る音がし、「菖蒲(あやめ)さん」と声を掛けられる。

「おいで。報告では夕食後に襲撃を受けたと聞いた。顔を洗って口もスッキリさせてから寝よう」

「……はい」

 隼人のあとをついていくと、洋風のタイルで飾られた洗面所に着き、そこで高価な洗顔石鹸や歯ブラシ、歯磨き粉を使って寝る準備をする。

 先ほどの寝室に戻ると、花鈴(かりん)たちが控えていた。

「私は風呂に行ってくるから、君も風呂に入って着替えておいで」

 そう言って、隼人は部屋を出て行った。

「……あの、皆さん大丈夫でしたか?」

 花鈴たちはあちこちに擦り傷を作っているが、基本的に大怪我は負っていないようで一応安堵する。

 おずおずと声を掛けると、花鈴が「菖蒲様……っ」と抱きついてきた。

「花鈴さん?」

 目を丸くすると、他の三人も紫乃を抱き締めてくる。

「ご無事で良かった……っ!」

三千風(みちかぜ)家にいらっしゃったばかりなのに、怖ろしい想いをさせてしまって申し訳ございません」

「今夜は私たちが見張りに立ちますから、安心してお眠りください」

 口々に言われ、紫乃は戸惑って声を上げる。

「あ……っ、あのっ、怒っていらっしゃらないのですか?」