役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

菖蒲(あやめ)さん!?」

 自分を姉の名で呼ぶ男性の声がし、ノロノロとそちらを見ると、見るも美麗な軍服の男性がこちらを覗き込んでいる。

「…………隼人(はやと)……、様……」

 いまだ夢見心地に彼の名前を呼ぶと、反対側から男性の声がした。

(かずら)さん、目覚めましたか?」

 ――そうだ! 葛さん!

 ハッとして振り向くと、すぐ近くに横たわっていた執事がゆっくりと起き上がったところだ。

 紫乃(しの)は酷い疲労を覚えながら身を起こし、見慣れない和室を目にして瞬きをする。

 ボーッとしていると、隼人が状況を説明してくれた。

「私が留守の間、屋敷は鬼の襲撃を受けた。おそらく葛は鬼によって心の隙を突かれ、内側から結界を崩したのだろう。君は鬼に取り憑かれた葛を、自らの異能で対処しようとし、彼と共に気絶していた」

 言われて、紫乃は屋敷の襲撃を思い出す。

「私は例の誘拐事件を片づけなければならなかったが、君のお陰で令嬢を無事助け出す事ができた。そちらを片づけてすぐ屋敷に戻り、鬼どもを一掃し、倒れている君と葛を和室に運び込んだ流れだ」

 紫乃はいささか顔色が悪い葛を窺い、そっと声を掛ける。

「気分はもう大丈夫ですか?」

 すると葛はその場に正座をし、ザッとにじって畳の上に下り、紫乃に向かって土下座をした。

「申し訳ございませんでした!」

 紫乃は呆気にとられて、頭を下げる葛を見る。

「私は……っ、三千風(みちかぜ)家の執事でありながら敵の奸計に嵌まり、旦那様の大切なお屋敷や、使用人の皆、何より奥方様となられる菖蒲様を危険に晒しました! どんな事をしてでも、罪を償わせていただきます!」

 とっさに隼人を見ると、彼は厳しい表情で葛を見つめている。

 ――いけない!

 紫乃は無意識に手を伸ばし、ギュッと隼人の手を両手で握ると、ブンブンと首を横に振った。

「彼は悪くありません! 悪いのは、葛さんの心の傷を利用した者です! ……丸尾(まるお)と名乗った着流しに帽子を被った男性が彼に接触し、自分も大切な人を失ったと共通点を作って葛さんの興味を引き、騙したのです!」

 彼女の訴えを聞き、隼人はゆっくり息を吐いた。