裏オークションに商品として出品され、知らない男に買われてしまった紫乃は、下手をすれば殺されかねない状況に、酷く緊張していた。
落札されたあと、紫乃は背中の羽をとられ、逃げないように足に枷をつけられて主人のおとないを待った。
目隠しと猿轡は相変わらずつけられていて、逃げようにも逃げられない。
(とりあえずは大人しく過ごして、主人となった人の隙を突くしかない)
覚悟を決めた紫乃は、黒子たちに促されるまま裸足で進み、手探りで馬車に乗った。
「どうぞ、ご所望の品にございます」
隣にいた黒子がうやうやしく言い、それに「ご苦労」と鷹揚に答える若い声があった。
(ご主人様は、まだお若いみたい)
なるべく冷静でいようと心がけた紫乃は、心の中で呟いた。
「乗りなさい。私の隣に腰かけて」
そう言われた紫乃は、手探りで馬車に乗った。
「こちらだよ」
そう言って主人は紫乃の手を引いて隣に座らせると、ステッキでトンと天井を突き、御者に合図を送る。
「カーテンを閉めよう。どうにもこの仮面は鬱陶しい」
馬車が走り始めたあと彼はそう言い、仮面を外したようだった。
「君も顔布を外しても大丈夫だよ。屋敷に着くまで誰にも顔を見られない」
思いの外優しく言われ、紫乃はおずおずと頭部を覆っている布を外した。
が、その下に目隠しもされている。
「目隠しと猿轡を外すよ」
主人に尋ねられ、紫乃は小さく頷いた。
暗闇の中で衣擦れの音がし、後頭部で結ばれていた目隠しが取れると、紫乃は新鮮な空気を吸った。
ずっと目隠しをされていたのもあるし、夜の馬車の中という状況も相まって、ちゃんと見えているのか分からず、彼女は数度瞬きをする。
「こっちを見て」
言われて主人のほうを見ると、薄闇の中、やけに顔立ちの整った男性がこちらを見ていた。
薄暗くてよく分からないが、女学校の友人がキャーキャー言いそうな、甘く整った顔立ちなのは理解した。
(この人が、私を買ったご主人様)
少なくとも怖ろしい顔をした大きな体の男性だったり、いやらしい目をした老人ではなくて良かったと思ってしまった。
そう考えていると男性に見つめられているのに気付き、居心地が悪くなる。
(商品だから、顔の美醜を確認するのは必要な事なのかも)
そう思うと姉に『不細工』と言われた事もある自分の容姿が、主人の不興を買うかもしれないと思い、恐ろしさが増した。
気まずく黙っていると、男性が名乗った。
「私は侯爵の三千風隼人と言う。帝国陸軍の中佐を務めている」
彼の名前を聞いた瞬間、紫乃はハッとした。
まさに、彼は自分が嫁ごうとしていた相手だったのだ。
地獄に仏と思って安堵の笑みを浮かべかけたが、すぐにその笑顔が凍り付く。
「君が汀菖蒲さんだね?」
姉の名前を出され、紫乃の胸の奥で心臓がバクバクと鳴る。
(そうだ。私はお姉様の代わりにお嫁に出され、隼人様は私が〝紫乃〟だと知らないままなんだわ)
ねじ曲がった現実を知った瞬間、助かったと思った紫乃は、足元がガラガラと崩れていくような感覚を覚える。
(この方は妹の紫乃なんて知らない。……事情を話して汀家に問い合わせてもらったとしても、家族は私が正体を明かす事を望んでいない……)
もしも汀家が三千風家に嘘をついた事が分かれば、汀家への援助はなくなるだろう。
(……なら、菖蒲として振る舞い続けるしかない……?)
結論を出した紫乃は、隼人に気づかれないように細く長く息を吐き、小さく頷く。
「…………そうです」
落札されたあと、紫乃は背中の羽をとられ、逃げないように足に枷をつけられて主人のおとないを待った。
目隠しと猿轡は相変わらずつけられていて、逃げようにも逃げられない。
(とりあえずは大人しく過ごして、主人となった人の隙を突くしかない)
覚悟を決めた紫乃は、黒子たちに促されるまま裸足で進み、手探りで馬車に乗った。
「どうぞ、ご所望の品にございます」
隣にいた黒子がうやうやしく言い、それに「ご苦労」と鷹揚に答える若い声があった。
(ご主人様は、まだお若いみたい)
なるべく冷静でいようと心がけた紫乃は、心の中で呟いた。
「乗りなさい。私の隣に腰かけて」
そう言われた紫乃は、手探りで馬車に乗った。
「こちらだよ」
そう言って主人は紫乃の手を引いて隣に座らせると、ステッキでトンと天井を突き、御者に合図を送る。
「カーテンを閉めよう。どうにもこの仮面は鬱陶しい」
馬車が走り始めたあと彼はそう言い、仮面を外したようだった。
「君も顔布を外しても大丈夫だよ。屋敷に着くまで誰にも顔を見られない」
思いの外優しく言われ、紫乃はおずおずと頭部を覆っている布を外した。
が、その下に目隠しもされている。
「目隠しと猿轡を外すよ」
主人に尋ねられ、紫乃は小さく頷いた。
暗闇の中で衣擦れの音がし、後頭部で結ばれていた目隠しが取れると、紫乃は新鮮な空気を吸った。
ずっと目隠しをされていたのもあるし、夜の馬車の中という状況も相まって、ちゃんと見えているのか分からず、彼女は数度瞬きをする。
「こっちを見て」
言われて主人のほうを見ると、薄闇の中、やけに顔立ちの整った男性がこちらを見ていた。
薄暗くてよく分からないが、女学校の友人がキャーキャー言いそうな、甘く整った顔立ちなのは理解した。
(この人が、私を買ったご主人様)
少なくとも怖ろしい顔をした大きな体の男性だったり、いやらしい目をした老人ではなくて良かったと思ってしまった。
そう考えていると男性に見つめられているのに気付き、居心地が悪くなる。
(商品だから、顔の美醜を確認するのは必要な事なのかも)
そう思うと姉に『不細工』と言われた事もある自分の容姿が、主人の不興を買うかもしれないと思い、恐ろしさが増した。
気まずく黙っていると、男性が名乗った。
「私は侯爵の三千風隼人と言う。帝国陸軍の中佐を務めている」
彼の名前を聞いた瞬間、紫乃はハッとした。
まさに、彼は自分が嫁ごうとしていた相手だったのだ。
地獄に仏と思って安堵の笑みを浮かべかけたが、すぐにその笑顔が凍り付く。
「君が汀菖蒲さんだね?」
姉の名前を出され、紫乃の胸の奥で心臓がバクバクと鳴る。
(そうだ。私はお姉様の代わりにお嫁に出され、隼人様は私が〝紫乃〟だと知らないままなんだわ)
ねじ曲がった現実を知った瞬間、助かったと思った紫乃は、足元がガラガラと崩れていくような感覚を覚える。
(この方は妹の紫乃なんて知らない。……事情を話して汀家に問い合わせてもらったとしても、家族は私が正体を明かす事を望んでいない……)
もしも汀家が三千風家に嘘をついた事が分かれば、汀家への援助はなくなるだろう。
(……なら、菖蒲として振る舞い続けるしかない……?)
結論を出した紫乃は、隼人に気づかれないように細く長く息を吐き、小さく頷く。
「…………そうです」
