役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 ガァアアアァッ!!

 肉食獣の咆哮が聞こえたかと思うと、眩い光が遙か上からグングンと近づいてくる。

 ハッとして顔を上げると、あの小さい白虎だったハクトが、美しく堂々とした成獣の姿となって二人の前に舞い降りた。

(力が漲ってくる)

 ハクトが側にいるだけで、潰えそうになっていた心に凜とした勇気が宿る。

 ――隼人(はやと)様が側にいてくださる!

 歓喜が胸を満たした瞬間、紫乃(しの)の体の奥からドプッと何かが溢れ、そのまま勢いよく〝場〟に噴き出ていった。

「何!? これは……っ!」

 紫乃の内から噴き出したのは、清らかな水だ。

 激しい水の本流は龍のようにくねり、闇に満たされた空間を荒々しく蹂躙し、白く浄化していく。

「……あぁ……」

 あっという間に晴れ渡った白い世界に、在りし日の河原の風景がフッと浮き上がった。

佐一(さいち)さーん!』

 女性の声がし、声を掛けられたほうを見ると、若き日の(かずら)と上官が並んで歩いているところだ。

『お父様もお疲れ様です! 今夜は天ぷらですよ』

 純朴ながらも愛らしい女性に笑いかけられ、葛は幸せそうに微笑む。

『おっ、いいな! 佐一、今夜はたっぷり飲むぞ!』

『羽目を外すとすぐ酔っぱらうんですから、加減してくださいよ。あなたは安心できる場だとすぐ酔いが回ってしまうくせに……』

 葛がブツブツと言うと、上官は『わはは!』と笑って彼の肩を組んだ。

『佐一の昇進祝いだから、機嫌が良くなって当たり前じゃないか! お前みたいな息子を持てて、俺は幸せだ! お前ならきっとこの国を守ってくれる』

 上官は豪快に笑い、バシバシと葛の背中を叩いた。

『痛いですよ。まったく……』

「お前なら、俺たちがいなくても立派にやっていける。三千風家にお仕えしているって? 凄いじゃないか!」

 上官の言う事が〝今〟の内容になり、葛はハッと目を見開く。

「佐一さん、私たちの事はもう気にしないで。あなたは、あなたのお役目を果たしてください」

 女性は、小さな男の子と手を繋いでいた。

「あ……っ」

 それを見た瞬間、葛の目から大粒の涙が零れ落ちた。

「お父ちゃん! お父ちゃんは僕の自慢の人だよ! いつか会いに行くから、待っててね!」

 男の子の元気な声を聞き、葛はクシャリと表情を歪める。

 彼は顔を真っ赤にし、次から次に涙を零し、必死に目を見開いて〝家族〟たちを目に焼き付けようとした。