役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 蕎麦屋に入った二人は、天ざる蕎麦を注文した。

 男は丸尾(まるお)と名乗り、呉服屋の跡継ぎだという。

 今は祖父母がまだ壮健で、店を切り盛りしているので彼は自由きままに生きているのだとか。

『私の両親と妹は、先の(はち)の鬼の大戦で亡くなってしまいましてね』

 その話を聞いた時、(かずら)は丸尾を苦労知らずの軽薄な男と思っていた認識を、一気に改めた。

(まただ……。私はいつも自分ばかりが傷付いていると思い込んでいる)

 葛が一人落ち込んでいる間も、丸尾は賑やかに話し続ける。

『結婚でもして家庭を作ろうと思っているんですが、……こう、心にポッカリと穴が空いちまいましてね。大切な存在ができても、また簡単に失っちまうんじゃないかと怯える自分がいるんです』

 丸尾は明るく話しているが、彼が深く傷付いているのは言わずとも分かる。

『……私も同じです。……私は先の大戦で、臨月の妻と、人のいい義両親を喪いました』

『……なるほどね。実のご家族はどうされました?』

『実の家族とは、子供の頃に別れたっきりです。父親は酷い酔っ払いで、いつも私や弟、母に暴力を振るっていました。母は火の異能を持った私を軍学校に入れるために、寝る間も惜しんで働いてくれましたが、……つまらない理由があって家族は離散してしまいました。……感情を暴走させた私は家に火をつけてしまい、……恐らく父親を焼き殺してしまったと思います。父親に激しく痛めつけられた弟は、……あの状態だと生きていたか分かりません。母も今となっては、生きているかどうか……』

 初めて、隼人や使用人たち意外の人に、家族の事を話した。

 丸尾は不思議な魅力があり、何でも軽く受け流してくれそうな雰囲気があるからか、大事な事もスルリと話せてしまった。

 今までこの事は心の底に大切に抱え、重たくも苦しい思い出として封じてきたのに――。

『つまらない理由なんかじゃないでしょう?』

『……え?』

 丸尾にグッと手を握られ、葛はハッと顔を上げる。

『あなたは子供の頃から傷付き続けてきた。きっと小さい頃から利発な子だったろうし、こう言っちゃあ悪いですが、反面教師である父親が目の前にいたもんだから、ちょっとやそっとの事で暴力に訴えない我慢強さも持ち合わせていたはずです』

 丸尾の言葉が、スッと心の中に入ってくる。

 ――どうしてこの人は、初対面だというのにこんなに私を理解してくれるんだろう。

 不思議な感動と、泣いてしまいそうな衝動に駆られた葛は、さり気なく丸尾の手を振りほどき、湯飲みに入った番茶を飲む。