役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 ――私にもっと力があれば、母と弟を失わずに済んだだろうか。

 ――どうしようもないクズだと思っていた父も、別の方法で救う事はできただろうか。

 ただ放出するだけではない異能の使い方を知り、三千風(みちかぜ)家という大きな権力に頼れる今だからこそ、今の自分が〝あの現場〟にいたら……という想像を何度も繰り返す。

 ――今のように心を冷静に保ち、異能を最大限に使う事ができれば、妻と義母を助けられただろうか。

 ――義父となってくれた、お人好しのあの人の命を救えただろうか。

 後悔はとめどない雨となり、普段は凪いでいる(かずら)の心に次々と小さな波紋を呼び起こす。

 そのような憂いを気づいた燕谷(つばたに)に、何度も言われた。

『当たり前の事ですが、人は一日働いて夜になると疲れます。肉体が疲れるだけでなく、脳も疲れ、前向きな事を考えられなくなり、過去のどうしようもない出来事ばかりを思い出し、後悔し、自身に苛立つようになります。……疲れている時の他にも、何かきっかけがあって落ち込んでいる時も同様です』

 燕谷は捌の鬼の大戦が起こる前に、鬼に妻を殺されたという。

 鬼に取り憑かれた者が包丁を振り回し、運悪くそこを通りかがった彼の細君が凶刃に倒れたらしい。

 以来、男手一つで子供たちを育て上げた……と言えば聞こえがいいが、軍での仕事が忙しく、ほぼ家政婦に頼り切っていたという。

 燕谷自身は、仕事に打ち込む事で己のつらさを誤魔化せた。

 だが親の愛情が必要な子供たちは家政婦になつき、実の父親である燕谷に反抗的になっていったそうだ。

 気がつけば子供たちとの間に深い亀裂が生じ、そのまま今に至るという。

『どうしようもない事をグルグル考えていると気づいたら、寝なさい。眠れなかったら外を走るとか、素振りをするとか、体を動かして思考を引き剥がすのです』

 これは燕谷自身の体験からの、忠告だと分かっている。

 葛自身もそれが正しいと思うし、この世にいない者についてあれこれ悩んでも、彼女たちが生き返る事はないと分かっている。

 しかし、マイナスな事ばかり考えていると、人の心には穴が空くものなのだ――。





『あっ! ごめんなさい!』

 夏の終わりに銀座を歩いていると、小さな女の子が走ってきて葛にぶつかった。