役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

『旦那様はとてもご立派なお方ですが、まだ御年十八歳です。加えて旦那様も、先の大戦の前にご両親を暗殺で亡くされました。わたくし達が旦那様をお支えしなければならないのに〝軍人として鬼と戦わせろ〟と掴みかかるなど言語道断です。襟を正し、一から三千風(みちかぜ)家の使用人として働くつもりがあるなら、わたくしがすべて懇切丁寧にお教えします』

 よく見れば、メイドは若く美しい。

 男のようなフレームの眼鏡をかけているが、それも伊達だとすぐに分かった。

 髪を下ろし、化粧をすれば、道行く者がハッと振り向くような美女に変身するだろう。

 だが彼女はそれらを必要のないものとし、三千風家に、隼人(はやと)に仕えている。

『投げ飛ばされ、説教されて惚れた』と言えば、妻と子を亡くしたばかりの自分があまりに情けない男に成り下がる。

 だから、彼女に励まされ、感銘を受けたという事にした。

 (かずら)は隼人の前に立ち、静かな決意を目の奥に宿し、深く頭を下げた。

『非礼をお詫びいたします』

 隼人はそんな葛を見て微笑み、再度手を差しだした。

『三千風家は君を歓迎する。共に、鬼によって人が嘆く事のない世の中を作ろう』

 その時はまだ隼人の言っている事は、ただの理想論に思えた。

 でも、この屋敷で働く者たちが自分と同じ想いをしているなら、強く美しいこのメイドの生き様を見ていけるのなら――。

 そう想い、葛はしっかりと隼人の手を握り返した。





 心を入れ替えたあとは、似た境遇の仲間たちと過ごす屋敷での生活は、意外と心地いい事に気づいた。

 自分を投げ飛ばしたメイドは音更(おとふけ)と言い、彼女の弟は隼人の側近だという。

 彼女が言っていたように、使用人たちは誰も彼も腕が立ち、『軍人だから自分は強い』と思い込んでいた世界がガラリと姿を変えた。

 特に家令の燕谷(つばたに)はとうに引退してもいい年齢なのに、彼に勝てた事は一度もない。

 元は軍でかなりの高官だったらしく、退役したあとは恩のある三千風家で働き始めたのだという。

 葛は鍛錬を積みながらも今までしなかった仕事を経験し、苦手だった計算も学び、使用人たちからの報告を受けて纏める事にも慣れていった。

 時間を掛けて三千風邸で過ごすうちに、葛は使用人たちを血の繋がらない家族と思うようになっていく。

 それはとても心地いい感情で、彼は穏やかな時間を送っていった。

 しかし音更や仲間の使用人たちを大切に思い、苦労人気質の隼人に忠誠心を深めながらも、葛の心の底には消えない炎が燃えていた。