役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 軍では武器や異能を使う訓練の他にも、格闘技など肉弾戦の訓練もした。

 そのなかで(かずら)は優秀な成績を収め、自分を馬鹿にする者たちを実力でいなしていた。

 自分は強いという自負があり、加えて火の異能という最も攻撃に特化した力を持っている。

 (はち)の鬼ほどの災害ならともかく、雑魚の鬼なら瞬殺できるし、人が相手でも負ける事はないと思っていた。

 なのに――。

 ――二度も女に投げられただと?

 メイドは驚愕に目を見開いている葛を見下ろし、またずれた眼鏡を直して告げる。

『旦那様に因縁をふっかけたいなら、わたくしを一回でも投げ、燕谷(つばたに)さんに一度でも攻撃を当てたあとに仰いなさい』

『な……っ』

 まるで自分がこのメイドより弱いというように言われ、葛はワナワナと唇を震わせて起き上がる。

『私怨で己を見失った者が、大成できるとでも思っているのですか? やけくそになって望むものが叶えられると思っているなら、大きな間違いですし、考え方が甘すぎます。……この屋敷の使用人のほとんどは、何らかの形で鬼から被害を受け、家族や大切な者を奪われました。旦那様は捌の鬼のような災害に負けないように、強い兵を集めていらっしゃいます』

 思いも寄らない事を教えられ、葛は目を見開く。

『……お前も、……家族を鬼に?』

 その問いに、メイドは静かに答えた。

『地方に住んでいたわたくしは、目の前で両親を喪いました。鬼が両親を惨殺している間、わたくしは弟妹を連れて東京へ参りました。食べる物に困り、身を売って弟妹を養おうとした時、先代の奥様に命を救われたのです』

 葛は自分に勝るとも劣らないメイドの凄惨な過去を知り、言葉を失う。

『あなたにも耐えがたい苦しみがあったと思います。それには心より同情し、哀悼の意を表します。ですが生きると決めたのなら、悲劇の主人公ぶるのはおよしなさい。この世は地獄。皆がそれぞれの苦しみを持っています。自分のような被害者を出さないために、如何に牙を研ぎ澄ませるか、三千風(みちかぜ)家の使用人として何ができるのか、旦那様の信頼を得て、頼られた先で、自分が何をできるのか。……常にお考えなさい』

 彼女はまだ二十五歳ぐらいなのに、志は葛よりもずっと高い。

 凜と咲き誇る白百合のような彼女を前にしていると、荒れ狂っていた心に羞恥心が蘇ってきた。

 実際には投げ飛ばされたのだが、思いきり頬を叩かれたような衝撃を得た葛は、静かに胸の内に覚悟を固め始めた。

 メイドはその僅かな表情の変化に気づいたのか、小さく息を吐いて告げる。