役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 隼人(はやと)のもとへ向かって驚いたのは、軍人としての自分を求められていると思っていたのに、城のように大きな屋敷の修繕作業を手伝わされる事だった。

 そこには様々な異能を持つ使用人たちがいて、中には女や子供もいる。

『ふざけてるのかっ! 俺は軍人として鬼と戦うつもりであんたの手をとったんだ!』

 執務室で、(かずら)は隼人の襟元を掴んで怒鳴り声を上げる。

 その足元には、執事が着る燕尾服が投げ捨てられてあった。

 隼人は赤茶色の目でジッと葛を見つめ、冷静に言う。

『今の君が軍の規律を守り、足並み揃えた生活ができると思っていない。私の部下として新たな場へ配属する事も可能だが、そこで騒ぎを起こせば上官に当たる者への面目が立たなくなる。私が君に手を差し伸べたのは、私の私兵として戦わないか、という意味だった。誤解させたなら謝るが、屋敷の執事だからといって平和呆けした生活が待っていると思ったら大間違いだぞ』

 葛は隼人が何を言っているのか理解できずにいた。

 次の瞬間、混乱していた隙を突かれ、葛の体はダンッと床に叩きつけられていた。

『かは……っ!』

 背中をしたたかに打ち付けた葛は呼吸を止め、悶絶する。

 その視界にヒラリとした物が入り、彼はとっさに目を剥いて自分を投げた人物を見ようとした。

 葛はいまだ呼吸が戻らないまま必死に起き上がり、自分より少し年下の女性が立っているのを見た。

 化粧っ気のない顔に眼鏡を掛け、黒髪をぴっちりと結い上げた彼女は、片手でクイッと眼鏡のブリッジを上げたあと、吐き捨てるように言った。

『旦那様、飼い犬に手を噛まれるとは、このような事を言うのでは?』

 表情を変えずに言った、――どこからどう見てもメイドを前に、葛は驚愕して起き上がる。

 やっと呼吸ができるようになった彼を、メイドは感情の窺えない目で見下ろしてきた。

『旦那様に害なすものは、わたくしが許しません。……わたくしだけでなく、燕谷(つばたに)さんも他の使用人たちも、全員があなたの敵になると思いなさい』

『この……っ、女のくせに!』

 ヒラヒラのメイド服を着た女に投げ飛ばされたと理解した葛は、カッとなって彼女に掴みかかった。

 女を全力で殴るつもりはない。

 ただ組み伏せて力の差を思い知らせて、自分のほうが上なのだと分からせてやろうと思った。――のだが。

『!?』

 また、よく分からない間に葛は投げ飛ばされ、天井から下がるシャンデリアを見上げて混乱していた。