役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 九月下旬のある晩、ルネサンス様式を用いた東京の劇場に、仮面で正体を隠した紳士淑女が集まっていた。

 伊太利(イタリー)の南部では春に仮面を用いる祭りがあると知られてから、身分の高い男女が素性を隠す際には仮面をつけるのが流行していた。

「次は本日の目玉商品になります」

 朗々とした司会の声がしたあと舞台が暗転し、壇上で黒子たちが動いたかと思うと、ガラガラと音を立てて何かを運ぶ音がする。

 そこは裏オークション会場。

 普段は劇場として使われている場所を主催者が借り、時の権力者や華族、成金と呼ばれる者たちが己の欲や見栄、余興のために金を使い、一夜の夢のように様々な〝もの〟を買う場所だ。

 出品される物はピンからキリまで、いわくのありそうな大粒の宝石や宝飾品、刀、そしてどこかから流出してきた国宝級の宝。異国文化が流入している今では、西洋文化の最先端の嗜好品なども出品されている。

 また〝裏〟がつくだけあり、そこでは表では売れない〝もの〟も扱っていた。

 次に出される〝商品〟もその一つだ。

 パッと明るくなると、白い布が掛かったドーム状の物が壇上にあった。

 客は興味津々な顔で口々に何かを言い、司会はその反応に満足して口角を大きく吊り上げると、一際大きく声を張り上げた。

「本日の目玉商品はこちらです! とくとご覧あれ!」

 司会が大仰に手で示すと、黒子たちがサッと布を取った。

 と、〝商品〟を見て、会場にいる客がざわめく。

 大きな鳥籠の中には、花魁の姿をしたうら若い女性――、紫乃(しの)が目隠しと猿轡をされて椅子に座っていた。

 その背中には、薄い色和紙でできた蝶の羽根がつけられている。

「どちらのお嬢様かは申し上げられませんが、由緒ある華族の令嬢にございます。花魁の姿をしておりますが、ご本人はれっきとした生娘! この令嬢をご存知の方がいらっしゃるかもしれませんので、目隠しを取る事はできかねますが、整った顔立ちの美しいお嬢様である事は保証いたします」

 司会が〝商品〟を紹介している間、逃げる事を諦めた紫乃は、大人しく椅子に座って項垂れていた。

「さあ! 麗しき美女をご自分の色に染め上げたい紳士はいらっしゃいませんか? 養子にされるのもようございます。華族のお嬢様ですから、一通りの作法は身についていらっしゃいますよ。さあ、さあ!」

「一万円」

 その値段を聞いて、会場がまたざわついた。

「ありがとうございます。一万円、一万円からのスタートになります」

 一万円は、今にして約四千万円弱の値段になる。

 商品となった紫乃は、どんどん吊り上がっていく値段を聞いて身を震わせていた。

 ――このままでは私の運命が決まってしまう。

 鳥籠から出られたとしても、舞台の上手にも下手にも、裏側にも屈強な男たちがいて逃げられない。

 紫乃ができるのは、自分の〝ご主人様〟となる人が善人であるよう祈る事だけだ。

 自分の役立たずの異能では、逃げる事も恐ろしい男を倒す事もできない。

 彼女を競り落とそうとする者たちの熱気は増し、値段は三万円を越えている。

 競っていく者も限られていき、今では三人が戦っていた。

 その時――。

「十万円」

 凛とした声がし、劇場内の者が「おお……」とどよめく。

 その値段を聞いて司会はにんまりと笑い、木槌を鳴らした。

「十万円! 他にいらっしゃいませんか? 十万円です! …………いらっしゃいませんね? それでは十万円にて落札です!」

 途端に会場が拍手と歓声に包まれ、紫乃を競り落とした豹仮面の紳士は、胸に手を当てて慇懃に礼をしてみせた。

 十万円――、今にして四億円弱という値段で、紫乃の運命は決まってしまった。



**