役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 巨大な(はち)の鬼が東京を荒らし、街は火の海になった。

 多くの軍人が命を落とし、多くの家屋が焼け落ち、多くの人々が命を失った。

 (かずら)の上官も軍人として命を落とし、優しい義母も、臨月の妻も、避難所の建物ごと鬼に踏み潰され、骨さえ拾えなかった。

 ――俺さえ関わらなければ。

 ――俺があの一家に関わらなければ、三人とも生きていただろう。

 ――妻だって、別の男と結ばれて今頃幸せになっていたかもしれない。

 深い闇の底で、葛はうずくまって果てしない後悔に苛まれている。

 その姿を、紫乃(しの)は涙を流して見つめるしかできなかった。

「……あなたのせいじゃありません」

 震える声で慰めても、葛はうずくまり、立ちあがる力を失ったままだ。

「……葛さんはどうやって、隼人(はやと)様にお仕えするようになったのですか?」

 尋ねた時、周囲を包む闇にフワッと光が灯り、年若い隼人の姿を写した。

『……知り合いの軍人から、貴君には見所があると聞いた。私のところで働かないか?』

 当時十八歳の隼人は尊敬する両親を喪ったばかりで、それにも関わらず当主となって奔走し、憔悴しきった表情をしていた。

 だがその赤茶色の目には強い怒りと使命感が燃え、三千風(みちかぜ)家の当主になったからというより、復讐心から突き動かされているように見えた。

 強い眼差しで見つめられた葛は、俯いて首を横に振る。

『俺に関わったら、皆不幸になる。異能を持って軍人になっても、誰も守れやしねぇ。……俺は親父みたいに、酒に溺れてクズになるのが似合いだ』

 ドロリと濁った目で言った葛に、隼人はなおも言う。

『捨てる命なら、私に預けてくれ。…………鬼が憎いか?』

 鬼と言われ、葛は目に並々ならぬ憎しみを宿して隼人を見上げる。

 脳裏に大切だったものがよぎった彼は、きつく歯を食いしばって酒瓶を握り締めた。

『…………憎い…………っ』

 激しい憎悪の籠もった声を聞き、隼人は葛の中に自分と同じ火があるのを感じたようだった。

『なら、私のもとで戦わないか? 鬼なら幾らでも殺させてやる。私は、人々を守るために、躊躇わず鬼を滅する事ができる者を探している』

 差しだされた手を、葛は手を震わせながら握り返した。

 この男の配下となっても、妻や子、義父や義母が戻ってくる訳ではない。

 守られた場所にいる華族様の命令を聞き、また軍人として制服に身を包み、自分を卑しむ者たちに嫌な言葉を掛けられ、――同じ生活に戻っていく。

 大切なものはすべて両手から零れ、守りたいと思うものなど何もない。

 ――俺はただ、鬼をぶっ殺したいだけだ。

 暗い感情に支配された葛は、隼人についていく先がどんな道であろうとも、決して自分が救われたなどは感じていなかった。