役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 その後、〝逃げた〟(かずら)少年は路上生活をした。

 人には誇れない生き方をし、何度も警察に追われた。

 しかし思いがけない事が起こり、警察に対抗するために炎の異能を使ったところ、その力が認められて特例として軍学校に入れられたのだ。

 かつて憧れていた場所だったのに、守るべきものを失った葛少年は、自分が何のために強くなるべきか、理由を見いだせずにいた。

 素行は悪いままで、何度も規律違反をして体罰を受けた。

 何をされても彼の中には怒りの炎が燃え続け、闘志を失わない彼は孤立していった。

 そんな葛に目を掛けてくれていたのは、人のいい上官だった。

 彼は何かと葛を食事に誘い、酒を飲める年齢になった時はささやかなお祝いをしてくれた。

 大して会いたくもないのに、上官の妻や子供にも会わされ、気がつけば彼の娘に気に入られる始末だ。

 ――やめろ。

 心の中で燃えさかる火は、少しずつ弱くなろうとしている。

 ――こんなぬるい生活、求めちゃいない。

 なのに、自分の好みとはかけ離れた、地味な女に『佐一(さいち)さん』と微笑みかけられて、喜びを得ている自分がいる。

『お前の事なんて大して好きじゃない』

 拒絶しても女は『そう? 割と好きなくせに』と笑い、上官は『俺の大事な娘に何てことを言うんだ!』と殴ってきた。

 暴力は嫌いだ。

 忌まわしい、葬り去った子供時代を思い出すから。

 けれど、その上官の拳だけは〝別〟だと思えた。

 やがて葛は二十八歳の時に上官の娘と結婚し、ささやかな幸せを得た。

 再び〝家族〟を得られた、人生で一番幸せな時間だった。



 ――しかしその一年後、すべてを失った。