役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 ――殺してやる。

 ――犯してやる。

 ――奪って、壊して、泣かせて、…………絶望を味わわせてやる!

 ――混沌こそが我が望み!

 まるで鬼そのものの思考に触れ、混乱した紫乃(しの)は涙を流して(かずら)を仰いだ。

「……あれぇ? どうなさったんですか? 菖蒲(あやめ)様」

 葛はいつもの彼そのままに、目を赤く光らせてニタリと笑う。

「……かずら…………、さん…………」

 紫乃はグワングワンと痛む頭を押さえたまま、呆然として三千風(みちかぜ)家の執事を見つめる。

 ――どうして。

 ――彼は三千風家の誇り高き執事のはずだ。

 ――邪な心を持つ者を、隼人(はやと)様やハクトが見逃すはずがない。

 そこまで考え、先ほどの葛の行動を思い出してハッとした。

(元から悪意をもって三千風家にいたのでなかったら、どこかで操られた?)

 昼間に音更(おとふけ)や四人のメイドから教えてもらった時、この屋敷は常に強固な結界によって守られていると聞いた。

 この屋敷はいざという時の人々の避難所になり、災害級の鬼が飛ばす攻撃に耐えうる結界が張られていると、メイドたちは自慢げに言っていた。

 ――それが、内側から破られたのだとしたら?

(襲撃される前、何があった?)

 紫乃は晩餐室で食事をしていて、それを終えてマナー講師を招く事を話していた時、何かが割れる音がした。

 ――もしもあれが、結界の役割を持つ〝何か〟を壊した音だったなら……。

 その直後に爆発音があったのは頷ける。

(外から派手に攻撃して皆の気を引いている間、葛さんは内側で結界の元になる物を破壊し、敵を招き入れた……)

 敵――、白い烏天狗の面をした謎の男だ。

 同時に、こうも考えられる。

(葛さんに何の悪意もなかった場合、彼は外出した際にどこかで敵と接触し、時限式の催眠をかけられた……?)

 もしも不自然な振る舞いや、心に鬼の種火を飼っていたなら、まっさきに隼人やハクトが気づいていただろう。

(……十九時の、時計の音)