役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 ――なのだが、今、紫乃(しの)はこうして拐かされている。

 暗い座敷の中に転がされ、時間の感覚がなくなった頃、能で使われる(おきな)の面を被った怪しい男が現れた。

 彼はステッキで紫乃の顎をグイと上げ、ランプで照らされた彼女の顔をしげしげと見てくる。

「……これはこれは。結構な美女ではありませんか。それに、この不思議な色の目が何とも言えない」

 彼が言ったように、紫乃は珍しい色の目をしていた。

 榛色(はしばみいろ)の目は一見茶色っぽい目に見えるが、明るい場所で目を見ると、茶色に緑や黄色など、様々な色味が加わっているのが分かる。

 家族からはその目を『気持ち悪い』と言われ、余計に嫌われる理由となっていた。

 男は面を被っている事もあり、声を聞いただけでは年齢が分からない。

 泣き落としが通じるか分からないが、紫乃は必死に訴えた。

「んむむむ、んむむ(助けてください)!」

 しかし男は値踏みをするように、ステッキで紫乃の顔を左右に向かせるのみ。

「宜しい。お嬢さんには〝用意〟をしてもらいましょう」

 男が決断を下したあと、紫乃は屈強な男たちに腕を掴まれて立たされ、担ぎ上げられた。

「んむーっ!」

 悲痛な声を上げて救いを求めても、誰も紫乃を助けてくれなかった。

 目隠しをされた彼女は馬車に乗せられ、どこかへ連れて行かれる。

 季節は秋になろうとしていて、裸足が凍り付きそうに冷たい。

 手足を縛られている状態で暴れれば、座席から落ちて頭や体をしたたかに打ってしまう。

 そう思った紫乃は、悔しいながらも黙って座っていた。

「大人しくしている褒美に、いい事を教えて差し上げましょう」

 面を被った男が言い、紫乃は彼の話を聞く。

「あなたがこれから向かうのは、裏オークション会場。何をする所か分かりますね? そう、あなたは商品として売られます。売られた先ですべき事は……、まぁ、色々あるでしょうけれど、女中として働くとか、旦那様となられる方の夜のお務めのお相手をするとか、子供のいないご夫婦のために、代理で子を孕むとか、色々あります」

 紫乃は突きつけられた現実に、ゾワリと鳥肌を立たせる。

「嫌かもしれませんが、これもあなたの運命です。一つ、処世術を教えて差し上げましょう。拾った子犬が言う事を聞かなければ、飼い主は子犬を打って躾けるでしょう。しかし賢い子犬は場の空気を読み取り、大人しく振る舞うものです。そうすれば美味しい肉をもらえるかもしれません」

 男は葉巻に火をつけ、煙を吐きつつ笑い混じりに言った。

「うまく生きてください」

 馬鹿にしたような男の声を聞いて、紫乃はこれ以上ない悔しさを感じながらも、心の中で「絶対に生き抜いてみせる」と己に誓った。



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