革製のグローブは特殊な素材でできているのか、目に見えるほどのエネルギーが宿り、その光り輝く拳で殴られれば、ただでは済まないのが一目で分かる。
仮面の男が敵だという事は分かっているが、紫乃は戦いが繰り広げられるのを目の当たりにしてギュッと両手を胸の前で組み、息を止めた。
しかし男はユラリとその全身を揺らめかせたかと思うと、幾つもの残像で音更を攪乱し、彼女の攻撃を躱す。
「く……っ」
しかも男は音更が繰り出すパンチやキックを躱しながらも、目に見えない攻撃を繰り広げているようで、彼女の頬やメイド服にザッと切り傷が増えていく。
「音更さんっ!」
思わず紫乃は声を掛けるが、彼女はこちらに気を遣う余裕はないらしく、険しい表情で男の攻撃を躱しながらも応戦し続ける。
今や、きっちりと結い上げられていた音更の髪はほどけ、長い黒髪が乱れていた。
(何か私にできる事は……)
紫乃が歯噛みした時、男は音更の腹部を思いきり蹴り、彼女は「ぐぅっ」と呻いてこちらに吹っ飛んできた。
「しっかりして!」
真っ青になった紫乃は彼女に駆け寄ろうとしたが、音更は片手を突き出してそれを制する。
「……お逃げください。この者はわたくしが食い止めます。この者は強い。庭に放たれている鬼は低級でしょうから、他の使用人たちと一緒にいたほうが安全かもしれません。燕谷さんか、葛さんを探し出して指示を仰ぎ、花鈴さんたちに守ってもらってください」
「でも、音更さんが!」
反抗すると、彼女は口端から垂れた血の糸をグイッと拭い、乱れた髪を掻き上げて立ちあがった。
「わたくしの事はお気にせず。こう見えて割と強いのですよ」
そうは言うものの、不可視の刃で切られた場所からは白い肌が覗き、血も滲んでいる。
「でも……」
「お行きなさい! まだ結婚式も挙げられていないのに、奥様になられる方を喪う訳には参りません! 旦那様は、菖蒲様をお迎えするのを、どれほど待ちわびていたか……。旦那様のためにも、わたくし達のためにも逃げてください!」
強い口調で言われ、紫乃はギュッと拳を握ると決意した。
「外で待っていますから!」
「はい!」
彼女の返事を聞いたあと、紫乃は涙を零しながら廊下を逆走し始める。
「逃がすと思っているんですか!?」
後ろからは仮面越しに男のくぐもった声がし、「させません!」と応戦する音更の声も聞こえた。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
息を乱して階段を駆け上がった紫乃は、ガランとした屋敷の廊下を見て、どちらに進むべきか迷う。
(奥……? いえ、違う。燕谷さん達は戦う使用人として、外へ出て鬼たちを倒すと決めた。なら、外に行けば誰かがいるはず!)
そう判断した紫乃は、玄関ホールのある方向へ向かって再度走り始めた。
厨房や晩餐室などの前を駆け抜ける間、外からは異能を使って戦う轟音が聞こえてきた。
音更がピンバッジ越しに話していた男性使用人が言っていたように、屋敷や敷地内には強力な結界が幾重にも張られていると思って間違いないだろう。
本来なら低級の鬼も、先ほどの仮面の男も三千風家の敷地内に入る事すら叶わなかった。
(なのに、……どうして……!)
呼吸を荒げた紫乃が、白黒タイルの玄関ホールまでたどり着いた時――。
「……葛さん?」
見覚えのある燕尾服姿の男性を見て、彼女はホッと表情を緩ませる。
……が、一瞬にして違和感を抱いた。
仮面の男が敵だという事は分かっているが、紫乃は戦いが繰り広げられるのを目の当たりにしてギュッと両手を胸の前で組み、息を止めた。
しかし男はユラリとその全身を揺らめかせたかと思うと、幾つもの残像で音更を攪乱し、彼女の攻撃を躱す。
「く……っ」
しかも男は音更が繰り出すパンチやキックを躱しながらも、目に見えない攻撃を繰り広げているようで、彼女の頬やメイド服にザッと切り傷が増えていく。
「音更さんっ!」
思わず紫乃は声を掛けるが、彼女はこちらに気を遣う余裕はないらしく、険しい表情で男の攻撃を躱しながらも応戦し続ける。
今や、きっちりと結い上げられていた音更の髪はほどけ、長い黒髪が乱れていた。
(何か私にできる事は……)
紫乃が歯噛みした時、男は音更の腹部を思いきり蹴り、彼女は「ぐぅっ」と呻いてこちらに吹っ飛んできた。
「しっかりして!」
真っ青になった紫乃は彼女に駆け寄ろうとしたが、音更は片手を突き出してそれを制する。
「……お逃げください。この者はわたくしが食い止めます。この者は強い。庭に放たれている鬼は低級でしょうから、他の使用人たちと一緒にいたほうが安全かもしれません。燕谷さんか、葛さんを探し出して指示を仰ぎ、花鈴さんたちに守ってもらってください」
「でも、音更さんが!」
反抗すると、彼女は口端から垂れた血の糸をグイッと拭い、乱れた髪を掻き上げて立ちあがった。
「わたくしの事はお気にせず。こう見えて割と強いのですよ」
そうは言うものの、不可視の刃で切られた場所からは白い肌が覗き、血も滲んでいる。
「でも……」
「お行きなさい! まだ結婚式も挙げられていないのに、奥様になられる方を喪う訳には参りません! 旦那様は、菖蒲様をお迎えするのを、どれほど待ちわびていたか……。旦那様のためにも、わたくし達のためにも逃げてください!」
強い口調で言われ、紫乃はギュッと拳を握ると決意した。
「外で待っていますから!」
「はい!」
彼女の返事を聞いたあと、紫乃は涙を零しながら廊下を逆走し始める。
「逃がすと思っているんですか!?」
後ろからは仮面越しに男のくぐもった声がし、「させません!」と応戦する音更の声も聞こえた。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
息を乱して階段を駆け上がった紫乃は、ガランとした屋敷の廊下を見て、どちらに進むべきか迷う。
(奥……? いえ、違う。燕谷さん達は戦う使用人として、外へ出て鬼たちを倒すと決めた。なら、外に行けば誰かがいるはず!)
そう判断した紫乃は、玄関ホールのある方向へ向かって再度走り始めた。
厨房や晩餐室などの前を駆け抜ける間、外からは異能を使って戦う轟音が聞こえてきた。
音更がピンバッジ越しに話していた男性使用人が言っていたように、屋敷や敷地内には強力な結界が幾重にも張られていると思って間違いないだろう。
本来なら低級の鬼も、先ほどの仮面の男も三千風家の敷地内に入る事すら叶わなかった。
(なのに、……どうして……!)
呼吸を荒げた紫乃が、白黒タイルの玄関ホールまでたどり着いた時――。
「……葛さん?」
見覚えのある燕尾服姿の男性を見て、彼女はホッと表情を緩ませる。
……が、一瞬にして違和感を抱いた。



