役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「地下には食品庫や武器庫、書庫などがあります。その中に、お屋敷を訪れた要人を保護するための、結界室がございます。菖蒲(あやめ)様は事態が落ち着くまでの間、そこでお待ちいただけたらと思います。わたくしも側におりますので、ご心配なく」

「ありがとうございます。……足手まといですみません」

 ――私なんかを守るために……。

 その言葉を、紫乃(しの)はグッと押し込めた。

 地下室の電気をつけた音更(おとふけ)はさらに奥に進んでいく。

 廊下の途中には木製のドアがあり、彼女が先ほど言っていた部屋があるのだろう。

「あれです。突き当たりにあるドアが、結界室で……」

 そう言った音更は、片手で紫乃を庇って立ち止まった。

「……音更さん?」

 怪訝な表情で尋ねると、彼女は「しっ……」と黙っているよう促し、ポケットから指なしの革手袋を出すと、ギュッと両手に嵌めた。

「何者ですか。姿を現しなさい」

 音更が低い声で誰何すると、前方の空間に白い烏天狗の仮面をつけた、黒衣の人物がボゥッと浮かび上がるように現れた。

「〝神無月の鴉〟……」

 音更が低く呟いたが、紫乃は何の事か分からない。

 過激な活動をする一団があると民衆に知られれば、いたずらに怯えたり、それに乗じて悪事を働く者も現れるかもしれない。

 なので組織の名前は、軍とその周囲の者しか知らされていない。

 だから紫乃はその組織を知らなかったが、その烏天狗の面はよく知っている。

 色こそ違うものの、隼人に言われてブローチの記憶を〝視た〟際に、持ち主の女性を誘拐した犯人がつけていた面と同じ物だ。

「その(ひと)を渡してもらえませんか?」

 仮面の男は軽薄な声で言い、紫乃に向かってスッと手を差し伸べてくる。

「……菖蒲様、わたくしの側を離れないでください」

「はい」

 緊張した紫乃は、乾いた喉を唾を嚥下して湿らせ、小さく返事をする。

 そのまま、しばらく音更は仮面の男と対峙していた。

 ――が、仮面の男が片手を動かし、黒い外套が空気を孕んでフワッと動いた瞬間――。

「シッ」

 音更が歯の間から鋭く息を吐いたかと思うと、凄まじい瞬発力で駆けだし、相手の意表を突くために三角跳びの要領で壁を蹴り、男に襲いかかった。