その日、隼人は帰りが遅く、紫乃は一人で夕食をとる事になった。
と言っても室内には音更たちが控えていて、食べているところを見られるのは恥ずかしいが、寂しくはない。
いつも汀家で使用人たちと一緒に、硬い床の上に座って食べていた事を思えば、お姫様のような待遇だ。
朝食をとった部屋とは別の晩餐室に向かった紫乃は、白いクロスが掛かったテーブルに向かい、クラシック音楽を聞きながらナイフとフォークを動かす。
しかし、いつも汀家で食べていたのは魚の切れっ端ぐらいだったので、当然西洋式のマナーには慣れていない。
ときおり、キィッと甲高い音を立ててしまい、そのたびに紫乃は「申し訳ございません」と泣きそうな顔で音更たちに謝っていた。
皿の上にはホカホカと湯気を立てるポタージュや、赤ワインのソースで煮込まれた牛肉のステーキもあり、とても美味しそうなのだが、マナーを気にすると落ち着いて食べられない。
おまけに白米まで平らな皿の上にあり、慣れていない紫乃はフォークの上から米をポロポロ落とす始末だ。
三千風家へ来てとても良い待遇を受けているが、これでは立派な女主人にはなれない。
汀家にいる間に、テーブルマナーを身につけておけば良かったと思うが、時すでに遅しだ。
(それに、お父様とお母様は、私が皆と並んで食事をしたり、作法を習う事を望んでいなかった)
姉だけ習い事をしているのは外聞が悪いとの事で、紫乃も教室に通っていたが、結果的に姉を差し置いて先生から褒められ、菖蒲を不機嫌にさせた。
加えてお茶やお琴、合気道も習っていたが、彼女より上手にやらないよう、手を抜く癖がついていた。
そのように〝外〟での習い事は身につけたが、テーブルマナーなどは講師が家を訪れた時に一緒に学んだものの、それを日常的に実践する事はできなかった。
だから先生が汀家を何度か訪れた時も、『紫乃さんはあまり前回のおさらいができていないようですね』と言われる結果となってしまった。
不可抗力で、紫乃のせいではない。
だがそれを今、音更たちに〝言い訳〟する事はできなかった。
「……ごちそうさまでした……」
何とか料理をすべて食べ終えたあと、紫乃は真っ赤になって両手をあわせる。
男性の給仕が椅子を引き、立ちあがったタイミングで、音更が声を掛けてきた。
「失礼ながら、汀家ではお作法のお勉強はどのようにされていたでしょうか?」
そう尋ねられ、紫乃はギクリとして身を強張らせる。
「……あ、あの……。私、とても覚えが悪くて……」
「左様でございますか? それにしては、和食の所作はとてもお美しかったですし、午後にお茶をお出しした時も、大変美しい手つきでお菓子を召し上がられていましたね」
軽く微笑んだ音更は、眼鏡の奥にある黒い目でジッと紫乃を見つめ、真実を測ろうとしている。
「それは……」
言いよどむと、音更は息を吐いて微笑んだ。
「では、旦那様に良いマナーの先生をご紹介いただきましょう。ご結婚されるまで、まだ日がありますし、その間に学ばれては如何ですか?」
「……そうさせてください」
完全に身につけられていない事も、再度学べばしっかり自分のものにできるだろう。
「隼人様を落胆させないため、誠心誠意頑張らせていただきます」
表情を引き締めて宣言すると、メイドたちはそんな彼女を好意的に見たのか、柔らかく笑って「応援しております」と励ましてくれた。
その時――、ボーン……と十九時を示す柱時計の音が鳴り、しばらくして、どこか遠くでガシャンッと何かが割れる音がした。
「嫌だわ。誰かが粗相をしたのかしら」
音更が溜め息をついた時――、ドォンッ! と爆発音がし、屋敷全体が揺れた。
と言っても室内には音更たちが控えていて、食べているところを見られるのは恥ずかしいが、寂しくはない。
いつも汀家で使用人たちと一緒に、硬い床の上に座って食べていた事を思えば、お姫様のような待遇だ。
朝食をとった部屋とは別の晩餐室に向かった紫乃は、白いクロスが掛かったテーブルに向かい、クラシック音楽を聞きながらナイフとフォークを動かす。
しかし、いつも汀家で食べていたのは魚の切れっ端ぐらいだったので、当然西洋式のマナーには慣れていない。
ときおり、キィッと甲高い音を立ててしまい、そのたびに紫乃は「申し訳ございません」と泣きそうな顔で音更たちに謝っていた。
皿の上にはホカホカと湯気を立てるポタージュや、赤ワインのソースで煮込まれた牛肉のステーキもあり、とても美味しそうなのだが、マナーを気にすると落ち着いて食べられない。
おまけに白米まで平らな皿の上にあり、慣れていない紫乃はフォークの上から米をポロポロ落とす始末だ。
三千風家へ来てとても良い待遇を受けているが、これでは立派な女主人にはなれない。
汀家にいる間に、テーブルマナーを身につけておけば良かったと思うが、時すでに遅しだ。
(それに、お父様とお母様は、私が皆と並んで食事をしたり、作法を習う事を望んでいなかった)
姉だけ習い事をしているのは外聞が悪いとの事で、紫乃も教室に通っていたが、結果的に姉を差し置いて先生から褒められ、菖蒲を不機嫌にさせた。
加えてお茶やお琴、合気道も習っていたが、彼女より上手にやらないよう、手を抜く癖がついていた。
そのように〝外〟での習い事は身につけたが、テーブルマナーなどは講師が家を訪れた時に一緒に学んだものの、それを日常的に実践する事はできなかった。
だから先生が汀家を何度か訪れた時も、『紫乃さんはあまり前回のおさらいができていないようですね』と言われる結果となってしまった。
不可抗力で、紫乃のせいではない。
だがそれを今、音更たちに〝言い訳〟する事はできなかった。
「……ごちそうさまでした……」
何とか料理をすべて食べ終えたあと、紫乃は真っ赤になって両手をあわせる。
男性の給仕が椅子を引き、立ちあがったタイミングで、音更が声を掛けてきた。
「失礼ながら、汀家ではお作法のお勉強はどのようにされていたでしょうか?」
そう尋ねられ、紫乃はギクリとして身を強張らせる。
「……あ、あの……。私、とても覚えが悪くて……」
「左様でございますか? それにしては、和食の所作はとてもお美しかったですし、午後にお茶をお出しした時も、大変美しい手つきでお菓子を召し上がられていましたね」
軽く微笑んだ音更は、眼鏡の奥にある黒い目でジッと紫乃を見つめ、真実を測ろうとしている。
「それは……」
言いよどむと、音更は息を吐いて微笑んだ。
「では、旦那様に良いマナーの先生をご紹介いただきましょう。ご結婚されるまで、まだ日がありますし、その間に学ばれては如何ですか?」
「……そうさせてください」
完全に身につけられていない事も、再度学べばしっかり自分のものにできるだろう。
「隼人様を落胆させないため、誠心誠意頑張らせていただきます」
表情を引き締めて宣言すると、メイドたちはそんな彼女を好意的に見たのか、柔らかく笑って「応援しております」と励ましてくれた。
その時――、ボーン……と十九時を示す柱時計の音が鳴り、しばらくして、どこか遠くでガシャンッと何かが割れる音がした。
「嫌だわ。誰かが粗相をしたのかしら」
音更が溜め息をついた時――、ドォンッ! と爆発音がし、屋敷全体が揺れた。



