役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 一方で、鎮守府へ向かった隼人(はやと)は自室で報告の書類を見ながら眉間に皺を寄せていた。

音更(おとふけ)

 苗字を呼ばれ、「はっ」と返事をしたのは、屋敷にいるメイド長と面差しが似ている三十路の男性だ。

 彼の名前は音更響也(きょうや)と言い、屋敷にいる音更叶恵(かなえ)の弟だ。

 彼らの両親は隼人の両親に仕えていて、その関係で姉弟も物心ついた時から隼人に忠誠を誓っていた。

 姉が屋敷を守る一方で、弟は軍に属して文字通り隼人の側近として仕えている。

 仕事の補佐をするのは勿論だが、一番は貴嗣や桐絵のように主人を失わないため、隼人の身を守っているのだ。

 姉弟そろって生真面目そうな顔立ちをしているが、性格的には響也のほうが明るくて少しおっとりしている。

 叶恵は長女なだけあり、使命感を持って役目に就き、三千風(みちかぜ)家に仕える事を第一としている。

 よって彼女は結婚もしておらず、多少融通の利かないところもある。

 しかし隼人はそのような一面を買い、屋敷での事を叶恵と家令たちに一任していた。

 いっぽうで響也は家庭を持ち、妻と幼い子供に恵まれている。

 だが彼は妻に『隼人様を第一に生きる』と告げており、妻の理解を得た上で主人の側で働いていた。

「昨晩、菖蒲(あやめ)さんが例のブローチの残留思念を読んだ。被害者はまだ生きている可能性がある。彼女が見たものをハクトに記憶させたから、このあとの会議で皆に見せ、場所を割り出したい」

「承知いたしました。場所が分かり次第、人員を動かせるように手配しておきます」

 響也は折り目正しくお辞儀をしたあと、執務室の中で控えている使いに指示を出した。





 そのあと開かれた会議で、隼人はハクトを呼び出し、彼が紫乃に〝感応〟して得た情報を会議室の白い壁に映し出させた。

 ハクトの念が白い壁に紫乃の見た、ブローチの記憶を映し、軍人たちは真剣な表情でそれを見る。

「……この手の飲み街があるのは、ある程度限られていますな」

「浅草、神田、品川、吉原、芝、三田、新橋辺りか……」

 どれも遊郭やごろつきが集まる飲み屋がある、治安の良くない地域だ。

「敵はこのところ四大侯爵家の付近を嗅ぎ回り、きな臭い動きを起こしている。紫乃さんの〝視た〟映像から、深山(みやま)家のご令嬢を誘拐したのは〝神無月の鴉〟と見て間違いない。そして、このブローチを落としたのもその一人だ」

〝神無月の鴉〟とは、烏天狗の面を身につけて犯罪活動を行う集団で、その目的はいまだ不明とされているが、どうやら四神の守護者――東西の侯爵たちの力を削ごうとしているように感じられる。

 隼人の両親を暗殺したのも、〝神無月の鴉〟だと噂されていた。

 鬼は呪いなどによって人工的に作る事も可能だが、人に悪意を吹き込んで混乱させ、犯罪を起こさせる事でも簡単に作る事ができる。

 近年、その手の事件がやたらと頻発するようになって警察を含む陸軍は奔走している。

「映像に出ていた女給がいる店を探せ。そこから逆を辿るようにアジトを突き止めるんだ」

「はっ!」

 隼人が命令を出したあと、軍人たちは空気をビリリと震わせるような声を出し、ドヤドヤと会議室を出て行った。