「旦那様は〝東の白虎〟と呼ばれておいでです。言わずもがな、東は東京を表し、三千風家は代々白虎と契約を結んでおります。旦那様ご自身は、風属性の異能をお持ちになり、派生する力として雷雨をもたらす事もできます。それとは別に、白虎の能力として金――、あらゆる金属に干渉する力もお持ちです」
改めて次元の異なる人に嫁いでしまったと思い、紫乃は彼女たちに気づかれないように嘆息する。
「先代のご当主様……、貴嗣様と奥様の桐絵様は、捌の鬼が現れる前に暗殺されました。九年前の事です。……当時、十八歳だった旦那様は三千風家のご当主となられ、年若い事から難癖をつけられる事もありますが、後見人の叔父様のご協力もあり、立派に責務を果たしていらっしゃいます」
「そうだったのですね……」
話を聞きながら、紫乃は改めて自分が重大な責務を負う人に嫁いだ事を実感した。
汀家がある志摩の地は京都に近いが、すぐ近くに伊勢神宮という巨大な権力を持つ神社があるため、東か西か……というより、伊勢神宮の意向によって動く事が多い。
全国各地にある神社は、人々の信仰を集め、観光地としてもり立てられている一方で、強力な結界を張って穢れが発生しないための務めを果たしている。
だから菖蒲は伊勢神宮の裏巫女となって、地元のために身を捧げたいと望んでいたのだ。
基本的に巫女は清らかな身でなければならないとされているが、神社でも強い異能の使い手を求めているので、婚姻によって新たな力を得る事を暗黙の了解としている。
菖蒲が婚姻を結ぼうとしていた上水流家は、〝西の青の侯爵〟――青龍の力を司る侯爵家、水流迫家の親戚だ。
立場で言えば隼人のほうが上なのだが、どうにも菖蒲は〝西〟への愛着が強く、『東京に嫁ぐぐらいなら未婚で伊勢の裏巫女になったほうがマシ』と言っている。
なので彼女は三千風家の名前が出てもさして興味を持たず、『ああ、東の華族ね』という態度をとっていたのだ。
両親も内心では同じで、汀家は第一に伊勢神宮、第二に西の権力者、第三に東……という考え方を持っている。
侯爵家である三千風家には相応の敬意は持っているだろうし、金策に困っていた父としては隼人の申し出は渡りに舟だっただろう。
しかし両親としては、大事な菖蒲を東京に嫁がせずに済んで安心していたかもしれない。
(それぐらい、私はお父様とお母様にとって、どうでもいい存在だったのかしら)
目を向けないようにしている問題を直視すると、やはりつらいものがある。
――十七年生きてきて、一度でも愛情をかけてくれた事はあっただろうか。
――自分が誕生した時、母は涙を流して喜んでくれただろうか。
希望混じりの疑問を抱いても、結局のところ誰も答えてくれない。
紫乃が物憂げな表情でぼんやりしていたからか、音更は彼女の内心を察して言った。
「菖蒲様はご実家にあまり良くない感情をお持ちかもしれませんが、旦那様が仰った通り、これからはこの三千風家が菖蒲様のご自宅となります。ご結婚されれば、菖蒲様がこの屋敷の女主人となり、社交界でも羨望の目で見られ、敬意を払われます。……どうか、今からでもそのご自覚を持たれますように」
音更に言われ、紫乃は「分かりました」と頷いた。
「……おや」
前庭の説明が終わって裏庭へ向かおうとした時、音更が足を止めて眼鏡をかけ直す。
「どうかしましたか?」
目を瞬かせて彼女の視線の先を追うと、朝食室で紫乃を怪しんだ執事――三十代後半の葛が屋敷の周囲を歩いていた。
「この時間に葛さんが外にいるの、珍しいですね」
改めて次元の異なる人に嫁いでしまったと思い、紫乃は彼女たちに気づかれないように嘆息する。
「先代のご当主様……、貴嗣様と奥様の桐絵様は、捌の鬼が現れる前に暗殺されました。九年前の事です。……当時、十八歳だった旦那様は三千風家のご当主となられ、年若い事から難癖をつけられる事もありますが、後見人の叔父様のご協力もあり、立派に責務を果たしていらっしゃいます」
「そうだったのですね……」
話を聞きながら、紫乃は改めて自分が重大な責務を負う人に嫁いだ事を実感した。
汀家がある志摩の地は京都に近いが、すぐ近くに伊勢神宮という巨大な権力を持つ神社があるため、東か西か……というより、伊勢神宮の意向によって動く事が多い。
全国各地にある神社は、人々の信仰を集め、観光地としてもり立てられている一方で、強力な結界を張って穢れが発生しないための務めを果たしている。
だから菖蒲は伊勢神宮の裏巫女となって、地元のために身を捧げたいと望んでいたのだ。
基本的に巫女は清らかな身でなければならないとされているが、神社でも強い異能の使い手を求めているので、婚姻によって新たな力を得る事を暗黙の了解としている。
菖蒲が婚姻を結ぼうとしていた上水流家は、〝西の青の侯爵〟――青龍の力を司る侯爵家、水流迫家の親戚だ。
立場で言えば隼人のほうが上なのだが、どうにも菖蒲は〝西〟への愛着が強く、『東京に嫁ぐぐらいなら未婚で伊勢の裏巫女になったほうがマシ』と言っている。
なので彼女は三千風家の名前が出てもさして興味を持たず、『ああ、東の華族ね』という態度をとっていたのだ。
両親も内心では同じで、汀家は第一に伊勢神宮、第二に西の権力者、第三に東……という考え方を持っている。
侯爵家である三千風家には相応の敬意は持っているだろうし、金策に困っていた父としては隼人の申し出は渡りに舟だっただろう。
しかし両親としては、大事な菖蒲を東京に嫁がせずに済んで安心していたかもしれない。
(それぐらい、私はお父様とお母様にとって、どうでもいい存在だったのかしら)
目を向けないようにしている問題を直視すると、やはりつらいものがある。
――十七年生きてきて、一度でも愛情をかけてくれた事はあっただろうか。
――自分が誕生した時、母は涙を流して喜んでくれただろうか。
希望混じりの疑問を抱いても、結局のところ誰も答えてくれない。
紫乃が物憂げな表情でぼんやりしていたからか、音更は彼女の内心を察して言った。
「菖蒲様はご実家にあまり良くない感情をお持ちかもしれませんが、旦那様が仰った通り、これからはこの三千風家が菖蒲様のご自宅となります。ご結婚されれば、菖蒲様がこの屋敷の女主人となり、社交界でも羨望の目で見られ、敬意を払われます。……どうか、今からでもそのご自覚を持たれますように」
音更に言われ、紫乃は「分かりました」と頷いた。
「……おや」
前庭の説明が終わって裏庭へ向かおうとした時、音更が足を止めて眼鏡をかけ直す。
「どうかしましたか?」
目を瞬かせて彼女の視線の先を追うと、朝食室で紫乃を怪しんだ執事――三十代後半の葛が屋敷の周囲を歩いていた。
「この時間に葛さんが外にいるの、珍しいですね」
