そのあと、隼人は身支度を調えてから馬車に乗って外出していった。
彼が外出する際には軍の部下が迎えに来て、本日の予定などを隼人に聞かせ、確認しつつ鎮守府へ向かうのだとか。
紫乃は玄関前で隼人を見送ったあと、おずおずと音更たちを振り向く。
「お天気が宜しいですし、このままお庭を散策いたしますか?」
音更に尋ねられ、紫乃は「宜しくお願いいたします」と頭を下げた。
すると花鈴という名前のメイドが日傘を持ち、紫乃に向かって差す。
「ありがとうございます」
礼を言うと、栗色の髪を肩口で切りそろえた彼女はニコリと笑う。
「あの……、お庭の案内と一緒に、皆さんの事もお聞きしていいですか? 私、昨晩このお屋敷に来たばかりで、三千風家の事をほぼ何も分かっておらず、このお屋敷のルールなども知りませんので……」
「宜しゅうございます。それでは、歩きながらお話しいたしましょうか」
音更が言い、紫乃たちはゆっくりと歩き始めた。
屋敷は正面から見ると左右対称の横長の洋館で、ルネサンス様式も用いられた非常に壮麗な建物だ。
シャンデリアが下がった玄関ホールや、舞踏会も行われるという大広間の他、建物の手前側にある部屋は洋室で、晩餐室、先ほどいた朝食室なども洋式だ。
しかし建物の裏側は私的に過ごす部分とされ、和室で占められている和洋折衷の作りだそうだ。
紫乃は、今はまだ客人扱いなので、洋館にある客間を使う事になっているらしい。
庭なども含めた三千風邸は数千坪にも及び、紫乃がいた母屋の他にも客人を泊めるための別邸、蔵や書庫、使用人たちが寝起きする棟、馬小屋や温室などもあるという。
前庭はフランスのヴェルサイユ宮殿の庭園を模した左右対称の庭で、正面の門から玄関に至るまっすぐの道の途中には、三箇所噴水が設けられている。
屋敷の手前にある馬車停めは広くとられ、客が大勢訪れた時に対応できるようになっていた。
他にも季節の花々を種類、色別に植えた花壇や、見事な薔薇園もあるという。
いっぽうで裏庭は完全な日本庭園で、錦鯉が泳ぐ池に架かる太鼓橋、綺麗に剪定された松や築山があり、歴史ある茶室も設けられているとか。
複数人の庭師がこれらの広大な庭を管理しているが、彼らも優秀な術士で、こそ泥程度の者なら彼らだけで捕らえる事も可能だという。
紫乃はメイドたちにそれらを紹介してもらいつつ、歩きながら三千風家の事を教えてもらっていた。
「東京と京都、東と西の都市に、それぞれ四神の力を持つ貴族がいらっしゃり、軍や警察と連携して人々をお守りになられているのは、基本的な情報としてご存知ですね?」
「はい」
音更は化粧っ気の少ない顔に眼鏡を掛け、スラリとした長身で少し声が低い事も相まって、一見怖そうな雰囲気がある。
しかし接しているうちに、彼女はルールなどを破らない限り、怒る事はなさそうだと感じた。
「鬼は化け物のような姿をとって人々を襲う事もありますが、目に見えない悪意として人の心に巣食い、悪さをさせる事もあります。我々のように特に強い異能を持つ者たちは、男性は攻撃的な力で穢れと戦い、女性は補助的な力でもって穢れを祓い、場を清めます」
思い出したのは、菖蒲が持っている雨を呼ぶ異能だ。
作物ができない時の恵みの雨としても重宝されるが、父が捕らえた〝憑かれた〟者を菖蒲が呼んだ雨で浄化する事もある。
自分は何もできないと思っていた紫乃は父娘の連携を尊敬の眼差しで見ていた。
汀家は水系の異能を持つ家柄で、兄の龍之介は氷の異能を操る。
大きな穢れが出た時は、母が地から植物を生えさせて敵を縛り、父が水の結界で敵を封じている間、兄が氷でとどめを刺していた。
八歳の弟はまだ大きな力を顕現させていないが、彼も水系の異能を持っているに違いない。
西洋では『ノブレス・オブリージュ』という言葉があり、社会的に高貴な地位を持つ者は、相応の責務を果たすべきという考えがある。
それらが日本に伝来したからなのか、西洋と同じように貴族――華族制度がある今の日本では、特に強い異能を持つ貴族が庶民を守るべきとされている。
異能は血統によって左右され、より強い子を作るために華族同士で政略結婚をする事も珍しくない。
逆を言えば、紫乃のような地味な異能を持つ女性は、名家の生まれであっても非常に肩身の狭い思いをしている。
だからこそ、紫乃は自分の目立たない能力が隼人の導きによって開花され、使い道があると知ってホッとしている。
音更はさらに続ける。
彼が外出する際には軍の部下が迎えに来て、本日の予定などを隼人に聞かせ、確認しつつ鎮守府へ向かうのだとか。
紫乃は玄関前で隼人を見送ったあと、おずおずと音更たちを振り向く。
「お天気が宜しいですし、このままお庭を散策いたしますか?」
音更に尋ねられ、紫乃は「宜しくお願いいたします」と頭を下げた。
すると花鈴という名前のメイドが日傘を持ち、紫乃に向かって差す。
「ありがとうございます」
礼を言うと、栗色の髪を肩口で切りそろえた彼女はニコリと笑う。
「あの……、お庭の案内と一緒に、皆さんの事もお聞きしていいですか? 私、昨晩このお屋敷に来たばかりで、三千風家の事をほぼ何も分かっておらず、このお屋敷のルールなども知りませんので……」
「宜しゅうございます。それでは、歩きながらお話しいたしましょうか」
音更が言い、紫乃たちはゆっくりと歩き始めた。
屋敷は正面から見ると左右対称の横長の洋館で、ルネサンス様式も用いられた非常に壮麗な建物だ。
シャンデリアが下がった玄関ホールや、舞踏会も行われるという大広間の他、建物の手前側にある部屋は洋室で、晩餐室、先ほどいた朝食室なども洋式だ。
しかし建物の裏側は私的に過ごす部分とされ、和室で占められている和洋折衷の作りだそうだ。
紫乃は、今はまだ客人扱いなので、洋館にある客間を使う事になっているらしい。
庭なども含めた三千風邸は数千坪にも及び、紫乃がいた母屋の他にも客人を泊めるための別邸、蔵や書庫、使用人たちが寝起きする棟、馬小屋や温室などもあるという。
前庭はフランスのヴェルサイユ宮殿の庭園を模した左右対称の庭で、正面の門から玄関に至るまっすぐの道の途中には、三箇所噴水が設けられている。
屋敷の手前にある馬車停めは広くとられ、客が大勢訪れた時に対応できるようになっていた。
他にも季節の花々を種類、色別に植えた花壇や、見事な薔薇園もあるという。
いっぽうで裏庭は完全な日本庭園で、錦鯉が泳ぐ池に架かる太鼓橋、綺麗に剪定された松や築山があり、歴史ある茶室も設けられているとか。
複数人の庭師がこれらの広大な庭を管理しているが、彼らも優秀な術士で、こそ泥程度の者なら彼らだけで捕らえる事も可能だという。
紫乃はメイドたちにそれらを紹介してもらいつつ、歩きながら三千風家の事を教えてもらっていた。
「東京と京都、東と西の都市に、それぞれ四神の力を持つ貴族がいらっしゃり、軍や警察と連携して人々をお守りになられているのは、基本的な情報としてご存知ですね?」
「はい」
音更は化粧っ気の少ない顔に眼鏡を掛け、スラリとした長身で少し声が低い事も相まって、一見怖そうな雰囲気がある。
しかし接しているうちに、彼女はルールなどを破らない限り、怒る事はなさそうだと感じた。
「鬼は化け物のような姿をとって人々を襲う事もありますが、目に見えない悪意として人の心に巣食い、悪さをさせる事もあります。我々のように特に強い異能を持つ者たちは、男性は攻撃的な力で穢れと戦い、女性は補助的な力でもって穢れを祓い、場を清めます」
思い出したのは、菖蒲が持っている雨を呼ぶ異能だ。
作物ができない時の恵みの雨としても重宝されるが、父が捕らえた〝憑かれた〟者を菖蒲が呼んだ雨で浄化する事もある。
自分は何もできないと思っていた紫乃は父娘の連携を尊敬の眼差しで見ていた。
汀家は水系の異能を持つ家柄で、兄の龍之介は氷の異能を操る。
大きな穢れが出た時は、母が地から植物を生えさせて敵を縛り、父が水の結界で敵を封じている間、兄が氷でとどめを刺していた。
八歳の弟はまだ大きな力を顕現させていないが、彼も水系の異能を持っているに違いない。
西洋では『ノブレス・オブリージュ』という言葉があり、社会的に高貴な地位を持つ者は、相応の責務を果たすべきという考えがある。
それらが日本に伝来したからなのか、西洋と同じように貴族――華族制度がある今の日本では、特に強い異能を持つ貴族が庶民を守るべきとされている。
異能は血統によって左右され、より強い子を作るために華族同士で政略結婚をする事も珍しくない。
逆を言えば、紫乃のような地味な異能を持つ女性は、名家の生まれであっても非常に肩身の狭い思いをしている。
だからこそ、紫乃は自分の目立たない能力が隼人の導きによって開花され、使い道があると知ってホッとしている。
音更はさらに続ける。
