役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 朝食は今まで食べた事がないほど豪華なものだった。

 ツヤツヤとした白米に、ふっくらと焼き上がった脂がのった塩鮭、プルンとした玉子焼きは優しい甘さで、レタスや胡瓜、トマトを使ったサラダは西洋風だという。

「嫌いな物はないかい? 生野菜も食べたほうが栄養バランスがいいらしい」

「いっ、いえ、嫌いな物なんて……」

 食卓に並んだ物はどれも美味しそうで、はしたなくもあれこれ目移りして、卑しい態度をとってしまいそうで怖い。

 絹ごし豆腐と揚げが浮かんだ味噌汁を飲むと、ホッと全身が温まった気がした。

 そのあとは夢中になって食事を進め、すべて平らげた紫乃は、頬を紅潮させて胸の前で手を合わせた。

「ごちそうさまでした……」

「美味しかったかい?」

 微笑んだ隼人(はやと)に尋ねられ、紫乃(しの)は「はい!」と笑顔になる。

 が、次に言われた言葉を聞いてハッとした。

「失礼だが、(みぎわ)家ではあまり食べられていなかった?」

 ギクリとした紫乃は表情を強張らせたあと、張り付いたような笑みを浮かべる。

「……こちらのお食事がとても素敵だったので、…………つい。……はしたなかったのなら、お詫び申し上げます」

 隼人は少しの間、執事に差しだされた新聞を見ていたが、それを脇にあるワゴンの上に戻すと、スッと立ちあがった。

 そしてテーブルを回り込むと紫乃の側に立ち、「失礼」と彼女の手をとる。

「あ……っ」

 とっさに手を引こうとしたが、隼人は彼女の細い手首をしっかりと握った。

「……どうも私には、十分に栄養をとっている体には思えない」

 冷水を浴びせられた気持ちになった紫乃は、まっすぐ前を向いたまま隼人の顔を見られずにいる。

「……おかしいな。君は汀家で大切に育てられたお嬢様のはずなのに、なぜこんなに発育が悪い?」

 そう言われ、紫乃はカッと赤面して、胸元を庇うように猫背になる。

「女性的魅力がどうこうと言っているのではない。曲がりなりにも伯爵令嬢が、なぜこんなに痩せ細っているのか、疑問だと言っているんだよ」

「それは……」

 紫乃は真っ青になり、俯いて必死に言葉を探す。

「育ち盛りの十七歳だから、この屋敷できちんとした食事をとれば、すぐに健康的な体になっていくだろう。侯爵家である三千風(みちかぜ)家の妻になるなら、そのうち元気な子を産んでもらわなくてはならない。君が望めば好きな時に菓子でも何でも食べられる。だから、食べる事も妻の役割と思ってほしい」

 チラリと隼人を窺うと、彼は薄い色の目でまっすぐに紫乃を見つめていた。

「……はい」

 彼の事は美しい男性と思っているが、今まで生き延びるのに精一杯だった紫乃に、彼を夫として意識し、子を産む事を考えるのは難しい。

 嫁いだからにはそのような関係になるのは当然だが、いまだ実感がないのが現状だ。

「ほしい物があるなら、言ってほしい。与えられた物に目を輝かせて喜ぶのではなく、いずれ三千風家の女主人となるために、自分の意志をハッキリ示してほしい」

 紫乃は再び俯き、消え入りそうな声で「はい……」と返事をした。

 隼人は溜め息をつき、そっと彼女の手を放す。

「……これではまるで、私が君を虐めているようだ」