役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 そのあとは昨晩のメイドたちが部屋を訪れ、かしましくお喋りをしながら紫乃(しの)の身支度を整えていった。

 着せられたのは紫の生地に大輪の菊が描かれた着物で、落ち着いた色味の帯には吉祥文様が描かれ、帯留めには焼き物の葡萄があしらわれた。

 いつも町人の娘が着るような薄い着物ばかり着ていた紫乃は、こんなに立派な着物を着ていいのか分からず姿見の前で慌てふため
く。

「あの……、私、分不相応な気がして……」

 泣きそうな表情でメイドに訴えると、彼女たちはクスクスと笑った。

「旦那様がご用意されたお着物ですから、着て差し上げないとお可哀想ですわ」

「それにその帯留めは、先代の奥様の物です。旦那様は、菖蒲(あやめ)様さえ抵抗がなければ、大奥様が大切に着ていらしたお召し物も着ていただきたいと思っておいでです」

 立派な着物は財産であり、滅多に手に入らない物は、姑から嫁となる女性に贈られる事もある。

 着物は何度だって解いて仕立てる事ができるので、大切に保存さえすれば何代でも着る事ができる。

 菖蒲も、母や祖母が着ていた着物に気に入った物があると、『いいな、私にちょうだい』と言ってねだり、もらっていた。

 勿論、紫乃は言った事がなく、言えるはずもなく……。

「お気に召しましたか?」

 物思いに耽っていた時にメイドに話しかけられ、彼女はハッとして笑顔になる。

「はい。とても素敵なお着物で、嬉しいです」

 ニコッと微笑むと、メイドたちは「きゃあっ」と華やいだ声を上げた。

「菖蒲様ってお美しい伯爵令嬢なのに、偉ぶったところがなくて本当に素敵だわ」

 若いメイドの一人が言い、他の者も同意する。

「本当にそうね。華族のご令嬢は色んな方がいるけれど、私たちみたいなメイドにはキツく当たる方も少なくないから……」

「これっ、菖蒲様の前で何て事を言うの」

 三十代半ばのメイド長が若いメイドたちをたしなめると、彼女たちは首を竦めて「申し訳ございません」と謝った。

 そんな彼女たちに親しみを覚えたのもあり、紫乃はメイドたちを庇うように言った。

「いいえ、いいの。私も同じような事を考えていたから。どんな身分であっても、色んな性格の人がいるわ。地位ある人は模範となるべきと思うけれど、全員が立派な人ではないもの」

 その言葉は両親や兄、菖蒲への当てつけになった気がし、紫乃は一瞬にして自己嫌悪に陥る。

 家族から離れた場所にいるからといって、途端に彼らを悪く言うなんて性格の悪い事をしてはいけない。

(気をつけなければ)

 自戒したあと、紫乃はメイドたちに先導されて朝食室へ向かった。

 その間、ハクトは終始紫乃の周囲にフワフワと浮かび、青い目で彼女を見つめては顔をすり寄せていた。



**