役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 ブローチにも振動が加わってくるので、まるで紫乃(しの)自身にも暴行を加えられているような心地になる。

 ギュッと目を閉じて恐ろしさを堪えていると、男はとうとう地面に倒れてしまったようだった。

 そしてポケットがまさぐられ、ブローチを盗られかけた時――。

 ピーッ! と呼子笛(よびこぶえ)の甲高い音が夜闇を裂き、襲ってきた男達が【まずいぞ!】と動揺する。

 襲ってきた男は慌ててブローチを手に逃げようとするが、慌てているからか指先がすべり、ポケットの中から掴み出せずにいる。

 すぐ逃げれば掴まらなかっただろうが、結局ブローチがポトンと地面の上に落ちた頃、襲ってきた男は逃げ遅れて捕縛されていた。

【ん? これは……?】

 口ひげを生やした警官がブローチを拾った時、紫乃は限界を迎えてぶつんと意識を失った。

菖蒲(あやめ)さん……っ!」

 隼人(はやと)の焦った声が聞こえ、脱力した自分をしっかりと抱き留めてくれる腕の感触がする。

 けれどそのあとはのっぺりとした闇に意識が包まれ、何も分からなくなった。



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 紫乃は悲しい夢を見ていた。

 八歳の時に父が大切にしていた水晶が割れてしまったあと、彼女はとても恐ろしく悲しい想いをした。

 自分が何をしでかしたのかは覚えていないが、父が恐い顔をして紫乃を叱りつけたのは覚えている。

『もう二度とこんな事をするんじゃない! まるで盗人みたいじゃないか! 姉に罪をなすりつけるような真似をするぐらいなら、そんな異能、金輪際使うな!』

 叩かれた頬がジンジンと痛み、あまりの痛みと恐怖とで、紫乃は言葉を失っていた。

『ごめんなさい』を言う事すらできず、唇をわななかせて涙を流す彼女を、父は怒りに満ちた目で見ていた。

 その騒ぎを兄が冷たい目で一瞥し、無関心に通り過ぎていく。

 ――あぁ、私は要らない子なんだ。

 その夜は冷たくて硬い布団に潜り込み、痛む頬を押さえながらさめざめと泣いた。

 八歳の少女がそんな目に遭ったというのに、誰も味方になってくれない。

 あまりにもつらい思い出を、紫乃は心の奥底に隠して〝なかった事〟にした。



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