役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 最初は何があっても逃げて、(みぎわ)家に帰りたいと思っていた。

 しかし亀吉(かめきち)が自分の誘拐を実家に知らせたとして、家族は自分を心配してくれるだろうか? と思うと疑問しかない。

 父は自分に厳しく、兄は無関心、母は冷淡、姉は妹を使用人のように扱う。

 使用人たちすら、下手に紫乃(しの)に関われば主人に叱られると思ってか、声を掛けてこない。

 トキと亀吉だけは優しく接してくれたが、彼女たちは使用人で発言権を持たない。

 いざ菖蒲(あやめ)の代わりに三千風(みちかぜ)家へ来てみれば、意外にも隼人は紳士的に接してくれる。

 嘘をつき続けるのは忍びないが、両親も自分を菖蒲の身代わりにして三千風家から援助を得たのだし、このまま菖蒲のふりをしたほうがみんなのためになるのでは……と思った。

 自分は〝触れた物の声を聞く異能を持つ菖蒲〟として、ここにいなくてはならない。

(だから、利用価値があると思わせなくては。物の声を聞いた事はないけれど、やってみなければ分からない)

 決意を固めた紫乃は、ルビーのブローチの上に手をかざし、告げる。

「やってみます」

 紫乃の人生に〝挑戦〟した機会は少ない。

 大体の事は菖蒲が華麗にこなしてしまうし、自分が姉の真似をしても誰も褒めてくれない。

 かといって姉の不得意な事に挑んで成果を出しても、良い結果が待っているとは限らない。

 大体は両親に『出しゃばった事をするんじゃない』と言われ、菖蒲には『そんなに自分の力を誇示したいの?』と睨まれておしまいだ。

 そんな環境で育ってきた紫乃は、前向きな気持ちとは無縁な娘だった。

(それでも……)

 紫乃は深呼吸し、ルビーに触れると気持ちを集中させる。

 動物と会話する時は、触れた上で心の中で話しかけると、彼らの返事が心に伝わってきた。

 しかし心を持たない〝物〟に対しては、どう働きかければいいのか。

 迷いながらも、紫乃は目を閉じて精神を統一し、指先に当たる冷たい石の感覚に気持ちを研ぎ澄ませた。

 ――と、

【きゃあああああああああっ!!】

 つんざくような女性の悲鳴が聞こえ、紫乃は目を見開くとビクッと身を震わせ、周囲を見た。