役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「……いいえ。生き物に対してだけ発動する異能と思っていましたので、物に使おうと思った事はありませんでした」

 素直に答えると、隼人(はやと)は羽織のポケットから、ハンカチに包んだ小さな物をテーブルに置いた。

「開けてみてごらん」

「……失礼いたします」

 おずおずと手を伸ばして白いハンカチを開くと、中には大きなルビーでできたブローチが入っていた。

 舶来品なのか、繊細な金細工がとても美しく、これをつける女性はさぞ高貴な身分の人なのだろうと感じた。

「これは私が担当している、とある事件の証拠物だ」

 隼人の言葉を聞き、紫乃(しの)はハッと息を呑む。

「事件解決のために陸軍が動いているが、少し面倒な相手が関わっている可能性が高くてね。私が預かる事になったんだ」

 彼の話を聞きながら、紫乃は何とも言えない感覚を得た。

(こんな大切な話を私にして、隼人様は何がしたいの?)

 自分の異能を物に対して使った事はない。

 しかし仮に物の記憶を読む事が可能なら、何かが大きく変わってしまいそうな気がする。

 今、とても大きな節目にいると感じた紫乃は、ある種の恐ろしさを感じていた。

 隼人は脚を組み、悠然と微笑んで紫乃を見つめてくる。

「事件の証拠物だから、もし君が物の記憶を読めるとすれば、なんらかの衝撃的な感覚を得るかもしれない。怖いかい?」

 試すような言い方をされ、紫乃は視線を泳がせて答える。

「……私の異能は碌な働きをしないから、使ってはいけないと父に言われています」

 子供の頃に両親にきつく叱られて以降、紫乃は人前で異能を使った事はない。

 ごくたまに、怪我をした小鳥や小動物を助けた時、やむなく触れた彼らから『ありがとう』という感情を読んだ事はあるが、それだけだ。

「……君は(みぎわ)家から三千風(みちかぜ)家へ嫁ぎ、……こういう言い方はずるいが、裏オークションで私に買われ、ここにいる。……その私が君に異能を使ってみてほしいと頼んでも駄目かい? 親元から独立して嫁ぐ身なら、両親の言いつけを気にする必要はないと思うが。……むしろ結婚するなら、夫となる私のお願いを優先するべきではないだろうか? どう思う?」

 微笑んだ彼に尋ねられ、紫乃はキュッと唇を引き結んで覚悟を決めた。

(ここで私の有用性を示さなければ、追い出されてしまうかもしれない)