役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「着替えと風呂はメイドに任せる。塩梅が良くなった頃に来るから、ゆっくりと疲れを癒しなさい」

 言ったあと、隼人(はやと)は部屋を出て行った。

 女性だけになって安心したものの、次から次に(かんざし)を抜かれて髪も解かれ、着物も脱がされてで落ち着かない。

 肌襦袢姿になった紫乃(しの)は、「綺麗な御髪(おぐし)ですね」と褒められながら丁寧に髪を梳かれ、素っ裸にされると奥の部屋にある猫足のバスタブに押し込まれてしまった。

「あっ、あっ……」

 全裸にされて慌てて胸元を隠すも、メイドたちはニコニコしたまま紫乃を洗っていく。

「御髪を洗って参りますね」

菖蒲(あやめ)様はゆっくりお湯に浸かってください」

 最初は抵抗していたが、メイドたちは慣れた様子で柔らかい海綿で紫乃の肌を擦り、髪をたっぷりとしたお湯で濡らすと、洗髪粉で洗っていく。

 ずっと緊張していたところで湯に浸かり、気持ちがほどけていったのもあり、次第に力が抜けていった。

「あら、この腕輪は外れないのですね」

 メイドの一人に言われ、紫乃はハッとして説明する。

「これはお母様が買ってくださった特別な物で、私の成長と共に大きくなる腕輪なのです。外れないので、気にされないでください」

「承知いたしました。素敵なお母様ですね」

 微笑まれて褒められたが、その言葉には何とも答えがたく、紫乃は別の話題を口にした。

「……こんな良い想いができるとは、思っていませんでした」

 心地よくて深く息を吐くと、メイドたちは不思議そうに顔を見合わせた。

「……菖蒲様は(みぎわ)家で、何不自由なくお過ごしかと思っていました」

 言われて、紫乃はハッと息を呑む。

(そうだ。私は〝菖蒲〟なんだ。贅沢をした事がないなんて、言ってはいけない)

 自分に言い聞かせるも、どこかで粗が出そうで怖い。

 汀家では使用人と一緒に食事をし、水を張った(たらい)に手ぬぐいを浸して体を洗っていた。

 だから家族と同じ物を食べているか分からない。

 しかし冷えた米や細く乾いた焼き魚の半身、具がほとんど入っていない味噌汁を思うと、菖蒲たちも同じ物を食べているとは考えられない。

 菖蒲と一緒に一通りの作法は習ったが、それを日々に生かす生活はしていなかった。

 なるべく考えないようにしてきたが、自分はあの家であまり大切にされていなかったのだろう。

 いつも菖蒲が選ばなかった贈り物をもらっていたが、それも汀家に贈られるだけあり、ある程度の良い品ではあった。

 だから着物や帯ならば、特別な時につけようと思って大切にしまっておいた。

 しかしいざという時に探してみれば、しまったはずの場所にない。

 使用人や家族に聞いても『知らない』と言われ、『せっかくいただいたのに』と落胆していた時、菖蒲が見覚えのある柄の髪飾りやバッグを持っている事に気づいた。

 よく見れば、なくしたと思っている着物や帯の柄とそっくりで、さすがに……と思って尋ねれば、したたかに頬を叩かれた。