役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

「ぐ……っ、うぅ……っ、う……っ」

 パンッと白い烏天狗の面が割れ、その間から目の細い男の顔が現れる。

 彼は目を爛々と赤く光らせ、この状況においても異様なまでの笑みを浮かべていた。

「尊い血縁の巫女を生贄にすれば……っ、もっと大きな鬼が……っ」

 丸尾(まるお)が手を震わせながら紫乃(しの)に触れようとした時――。

「汚い手で奥様に触れるな」

 静かな怒りに満ちた声で(かずら)が言い、男――、丸尾の胸元を炎を纏わせた手刀で貫いた。

「あぁ……っ」

 丸尾は疲れたような声を漏らし、だらんと体を弛緩させて葛に寄りかかる。

 そして顔を上げ、彼に笑いかけた。

「一緒に食べた天ざる蕎麦、美味しかったですねぇ……」

 しかし、葛は冷徹な怒りに身を浸したまま、丸尾の全身を業火で焼いた。

「その二枚舌は、地獄で閻魔様に抜いてもらえ」

 告げたあと、丸尾の体は激しい炎に包まれた。

「っぎゃあああぁあああぁっ!!」

 尾を引く丸尾の悲鳴が室内に響き渡り、暗転していた室内に通常の明るさが戻る。

 黒い着物を着ていた丸尾の体は炎に搦め捕られ、最後にはペラペラの燃えかすになって床の上に落ち、それも消えた。

「……殺ったのか?」

 隼人(はやと)が尋ねたが、葛は小さく首を横に振る。

「実体を仕留めた感触はありませんでした。菖蒲(あやめ)様に取り憑いてたのもあり、高度な術を使って実体に見える思念体を飛ばしていた……というところでしょう。しかし、精神を破壊するほどの火力で焼きましたから、相応のダメージを負っていると考えていいと思います」

 葛の報告を聞き、隼人は頷いた。

「……本来なら組織ごと壊滅させたいところだが、今はこれで仕方あるまい」

 溜め息をついた時、寧々(ねね)が「菖蒲!」と娘の名前を呼び、ぐったりと壁にもたれ掛かっている彼女に駆け寄った。

「濡れ鼠のままでは、あまりに見苦しおすやろ。……乾かして差し上げます」

 (あおい)がそう言って扇子を一線させると、菖蒲を濡らしていた水分が一気に飛び、濡れていたのが嘘のように綺麗に乾いた。

「……う……」

 髪を短く切られた菖蒲は小さく呻き、ノロノロと顔を上げる。

 それからボーッと母の顔を見て、室内にいる人々の顔を確認してから溜め息をついた。