役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 途端、物凄い突風が吹き菖蒲(あやめ)の体から白い烏天狗の仮面を被った別の存在が、体の輪郭をブレさせながら剥離しようとしている。

「菖蒲さんがもとから高慢な性格をしていて、紫乃(しの)さんをいじめていたのは事実だろう。加えて、自分より劣っていると思っていた妹の才能の片鱗を見せられ、怖れ、嫉妬したのも本当の事。心の闇となる感情は少しずつ育っていき、やがて上水流貴人(かみずるたかと)に婚約破棄された時に大きく弾けた。……恐らくお前は、その時に彼女に接触し、葛にしたように鬼の種を心に植え付けたのだろう」

 隼人に言われ、丸尾(まるお)は苦しみながらも哄笑する。

「あっはははははは! ご名答です! あなたが九年前から(みぎわ)紫乃さんを気に掛けていた事も、ずーっと前から知っていましたよ。私たちの〝目〟はあちこちにありますからねぇ!」

 今や、菖蒲の体から、丸尾の体は半分ぐらい離れようとしていた。

 まるで強風に嬲られて髪がバサバサ揺れるように、彼の体は実体を持っていないかのように、不自然なまでに輪郭を震わせている。

 その時、バツンッ! と音がして、周囲が闇に包まれた。

「ハクト! 紫乃さんを守れ!」

「アオ! 紫乃をお守りなさい!」

 闇の中、隼人と(あおい)が使役獣に命じたのは同時だった。

(かずら)! 炎を!」

「かしこまりました!」

 隼人が命じた瞬間、ブオォッ! と凄まじい炎が室内を荒れ狂い、その場にあるものを赤々と照らした。

 紫乃は炎を怖れて両手で自分を庇おうとしたが、まったく熱くない事に気づいて、闇の中に目をこらす。

 ――と、壁際に追い詰められていた菖蒲の体から、白い烏天狗の面をつけた男がズルンッと抜け出て――、一気にこちらに迫って来た。

「ハクト! 仕留めろ!」

「アオ!」

 二人の侯爵が命じた瞬間、白虎が白面の男の喉笛に噛みつき、半透明の青龍がその体を締め付けた。