役立たずの身代わり令嬢と、孤独な白虎の侯爵

 星歴(せいれき)一八八九年、東京。

 伯爵家の令嬢、十七歳の汀紫乃(みぎわしの)は、血の気が引く思いで真っ暗な空間を見つめていた。

 志摩からはるばる東京まで嫁いで来たのに、彼女は浴衣姿のままで縛られ、薄暗い座敷に転がされていた。

(どうしてこうなったの亀吉(かめきち)は?)

 亀吉とは、彼女を東京まで送り届ける役目を担った、汀家の二十一歳の下男だ。

 彼とは子供の頃から交流があり、歳の離れた兄のように慕っていた。

 道中、天候が崩れたり治安の良くない場所を通ったり、不安に感じる時は何回もあったが、そのたびに亀吉が励ましてくれたから東京までやってこられたのだ。

 しかし嫁ぎ先の家に着く前に宿に泊まっていた時、彼女はいきなり誘拐された。

 眠っていたはずなのに、目が覚めたら紫乃は宿ではない、見知らぬ場所にいたのだ。

 声を上げようとしても猿轡をされ、手足はしっかり縛られている。

 けれど、大切にしている翡翠の腕輪は外されていないようで、その硬く冷たい感触を確認した彼女は安堵の息を吐いた。

 見張りがいる事は気配で分かり、くぐもった声で助けを求めるものの、誰も応じてくれない。

(そもそもこうなったのも……)

 きっかけを思いだした紫乃は、暗闇の向こうを見つめてポロリと涙を流した。



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