言の葉の涯

2026-05-12
『誰にも言わないでね』

「誰にも言わないでね」と何人からか
秘密の話を聞かせてもらうことがある。

秘密には人それぞれの密度があって
そんなことで、と思う秘密もあった。

もう時効だから或る男性の秘密を1つ
ここで吐露してしまおうかな、と思う。

その男性は、愛する女性がいた。

愛して愛してやまないのに、その好意を
女性に伝えようとはしないで眺める性格。

「そんなに好きなら言えばいいのに」
もう潰れた喫茶店で当時、僕は言う。

「いいんだよ、伝えない愛もあるし」
男性は照れた様子でそれだけを言う。

「俺さ、あの人のことが好きだけど」
「付き合うべきではないと思うんよ」
「お前にはな分からないと思うけど」
「誰にも言うなよ、ここだけの秘密」

続けるように男性は話しているから
僕は机に置かれたクッキーを食べた。

まだクッキーを咀嚼しているのに
「わかった」と言って紅茶を飲む。

それから数年が経って、秘密を忘れた頃
その男性と街中で偶然会う機会があった。

隣には綺麗な女性がいて、子供と手を繋いで
「どこ行こうか」と楽しそうに話をしている。

今の男性は幸せそうだったから話しかけはせず
通りすがりとして、横をすり抜けるように歩き。

少しだけ男性の表情を覗いてみると
あの頃とは全く違う表情をしていた。

「誰にも言うなよ、ここだけの秘密」

あのとき男性が照れた表情で言っていたことが
脳内でリピートをするように幾度となく流れる。

秘密、秘密、秘密、という言葉だけが
強調されていて、少し頭が痛くなった。

自販機で水を買って、公園のベンチに座り
ため息を吐き、水を一口だけ飲んでいると。

「絶対に秘密だからね、指切りげんまん」と
砂場のほうから可愛らしい声が聞こえてきた。

男の子と女の子が小指を絡めながら
「指切りげんまん~」と歌っている。

「伝えない愛ってなんだよ」と今になって
意味が分からなくてぶつぶつ呟いてしまう。

「お兄ちゃん、顔怖いよ、これ食べてみて」
女の子が砂団子を手に持ち、近寄ってきた。

「本当はね、ゆうと君にあげようと思ったけど」
「お兄ちゃんが元気なさそうだったし、あげる」
「ゆうと君には言わないでね、秘密だよ、秘密」

トイレから出てきた男の子を見た女の子は
「遅いよ」と僕から離れて行ってしまった。

「さっき、すれ違わなかったか?」
「話しかけてくれよ、寂しいだろ」

男性から連絡が来ていた。

「すれ違うわけないだろ、今、家にいるんだから」
「久しぶりやね、どうした、元気にしてるんか?」

返信をして、スマホの画面を閉じた。
人それぞれ、秘密はあるはずだから。

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